笑ってる?

創作サイト【神々】の日記

狼たちの雪原(解決編)

一日目はこちら
 
二日目
眠りにつくかつかないうちに、時刻は朝の8時半。
沈没した順に起きてくると、もそもそ動き出します。ガンボあたりは
「早くメシ喰いにいこうぜー! バイキングが全部残ってるうちに喰わなくちゃ!」
とかえらい張り切りよう。昨晩、俺らのうるささに閉口した挙句、MP3プレイヤーで音楽を聴き、外音を遮断して強引に寝てた人間とは思えません。
もっとも俺も腹が減ってたんで、二つ返事で飛び起きましたが。
そんなこんなで、二日目です。
 

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驚愕の二日目は、恐ろしい悲鳴とともに始まった。
「きゃぁぁぁ! Nちゃんがぁ!」
飼い主様が悲鳴を上げながら部屋に飛び込んでくる。驚いて駆け寄った俺たちは、彼女に先導されて一階のロビーへ向かった。エレベータを降りロビーから外を見た瞬間、全員に激しい驚愕と緊張が走る。
雪のキャンバスの中心に真っ赤な花が一輪。
それは胸をワインのように真っ赤に染めて、眠るように倒れているNの姿だった。真っ白な顔に微笑さえ浮かべながら、雪のベッドに横たわっている。
ホテルからNまでの雪には足跡ひとつない。
駆け寄ろうとした俺を、ガンボが後ろから抱え込んで止める。
「かみ! ダメだ」
「うるせぇ! はなせ!」
「雪の中に寝てるわけじゃないだろ? 胸から出てるのが何だと思う? 現場を荒らす前に、警察を呼んだほうがいい」
「てめー! よくも落ち着いていられるな」
「そうじゃないって。ここで現場を荒らしたって犯人を助けるだけだ。俺だって腹が立ってるよ。でも腹が立ってるからこそ、この犯人を捕まえるために出来ることはするべきだろ?」
そう言われれば返す言葉はない。
俺はガンボの腕を振り払うと、大きくため息をついた。ホテル側が連絡したのだろう。俺たちが電話する前に、サイレンの音が近づいてきた。
「Nちゃん、八時過ぎころ『お茶を買いに行ってくる。すぐ戻るね』言うて出たんよ。それきり帰らんからおかしいなぁ思て、UKT用のジュースを買いに出たついでに、Nちゃんを探したん。したら……」
飼い主様はそれきり言葉が出なくなり、泣き出してしまう。
俺たちはみな黙ったまま、顔を見合わせているだけだった。
と。
ゴゴゴゴゴゴ……
はらわたに響く低い音が聞こえてくる。
なんだろうと不審な顔を見合わせていると、地面が小刻みに震えだした。地震かっ、っとあわてている俺たちの前に、さらに信じられない光景が展開する。
ごうごうと音を立ててやってきたのは、雪崩だった。
山の中腹辺りを走っていたパトカーが、巨大な雪の大波に、次々と飲み込まれてゆく。もうもうと上がった雪煙が落ち着く頃には、俺たちは外界と完全に遮断されてしまった。
ホテルの人間に事情を聞くと、除雪して外界と連絡が取れるようになるのに丸一日以上はかかるだろうと言われ、俺たちは途方にくれる。
が、いつまで悩んでいても、事態は好転しない。
「Nには可哀想やが、警察がくるまでこのままにしとかなアカンやろな。携帯も電話も繋がるみたいやし、とりあえず部屋に戻って、今後の対策を練らな」
おーがの言葉に、みなうなずく。
そのまま全員でエレベータに乗り、自分たちの部屋へ向かった。足取りも重く、ずるずると倒れこむように入室すると、各々、どっかりと座り込んだり寝転がったりしながら、黙ってお茶を飲んでいた。
俺は冷蔵庫からビールを取り出すと、プルトップを開け、ぐびりと一息に半分ほど飲み干した。そしてそのビールがNの買ってきたものだということを思い出し、熱いものがこみ上げてくるのを苦労して押さえる。
今は泣いているときではない。
「タバコが切れた」
ぼそりとつぶやいたマルが立ち上がると、Tがかすれた声で言った。
「マルちゃん、私が買ってくるよ」
Tが立ち上がると、彼女になついていたおーがの愛息UKTが一緒に行くと言い張る。Tが困っていると飼い主様が泣きはらした顔で無理に笑顔を浮かべながら言った。
「よかったら連れてってやってくれへん? 私今、ちょっとキツいから」
うなずいたTはUKTとふたり、階下の販売機へ向かう。
残った俺たちは、黙ったまま自分の考えに沈んでいた。
そのまましばらく静かに時が流れる。
やがて飼い主様がポツリとつぶやいた。
「おそないか?」
同意を求められた俺も、なにやら不吉な予感を感じながらうなずく。
「そうだな。ちょっと見てくるか」
「いや、ええわ。私が行ってくる」
言うが早いか、彼女は扉を開けて出て行ってしまった。
ものの3分もしただろうか。がちゃりと扉が開いて、TとUKTが帰ってきた。おーがが心配げな顔で彼女に訊ねる。
「なんや、飼い主様とすれ違わんかったか?」
首を振るT。UKTはTから離れて父親にしがみつく。
いやな沈黙が流れた。
「俺、ちょう見てくるわ」
おーがはUKTを抱き上げると、そう言って部屋を出て行こうとする。
その背中に声をかけるマル。
「俺らも行く。あんまバラバラで行動するとヤバいべ?」
隣でうなずくTもつれて、UKTを含めた四人は部屋を出て行った。
残された俺とガンボは不吉な予感に言葉も少なく、彼らの帰りを待つ。
すると。
きゃぁぁぁ!
あの声はまたも飼い主様だ!
顔を見合わせた俺とガンボは、部屋を飛び出した。
エレベータももどかしく、俺たちは階段を駆け下りる。するとまたもロビーに立ち尽くす飼い主様の目の前に、変わり果てたおーがの姿があった。
たくましい身体に童顔を乗せたこの好漢は、大きなナイフに胸の真ん中を一突きされて倒れている。
最後までUKTをかばったのだろう。彼の愛息は父親の鮮血にまみれながらも、元気に泣き声をあげていた。
「おーが! おーがぁ!」
飼い主様が悲鳴を上げながら、愛する夫の遺体にすがりつく。
俺とガンボは唇をかみ締めたまま、その姿を眺めることしか出来なかった。
「バカおーがめ。大事なモンを置き去りにして、どこに行く気だ? 俺をおいて何してるんだ! ぜんぜん飲み足りねーよ! ぜんぜん話し足りねーよ!」
俺は心の中に浮かんでくるそんな言葉を、他人事のように聞きながら呆然と立ち尽くす。
 
どれくらいの時間がたっただろう。
いつまでも泣き止まない飼い主様にかける言葉も見つからず、しかし、放っておくことも出来ない俺たちは、彼女の姿の見えるロビーのいすに座り、低い声で話した。
「ところでマルとTはどこに行ったんだ?」
俺の言葉にガンボがうなずく。
「そうだなぁ。探しに行きたいところだけど、飼い主様を放っておくわけには行かないよなぁ。かといってバラけて探すのも危ないし」
「ああ同感だ。幸いといって良いかはわからんが、俺もおまえもミステリマニアだ。警察が来るまでの間に、少しでも犯人の見当をつけるなり考えを読むなりして、これ以上誰も傷つかないようにしよう」
「うん、そうだ。それじゃあかみの考える犯人像は?」
「まずこの連続殺人が同一犯の犯行だと仮定しての話しになるが、Nとおーがの共通点といえば、俺たちしかないだろう。しかし俺たちの中に犯人が居るというのもなかなか考えづらい」
「うん。感情的な意味じゃなく、犯行の機会が誰にもなかったはずってことでは、確かにそうだ。おーが殺しに限って言えばまだ、マルとTのアリバイは成立してないけど」
「ま、Nの事件に関して、二人のアリバイつーか全員のアリバイが成立してるから、最初の前提の同一犯ということを考えれば、犯人じゃないとして良いんじゃないか? 犯人は俺たちの顔見知りで、なおかつ今このホテルに居ない人物と考えて良いだろう」
言いながら、俺の頭にはある男の顔が浮かんでいた。
「かみ、誰のことを考えているのかはわかるよ。でも、証拠もないのに、犯人と決めちゃダメだ。厳密に言ったらZ君だってPちゃんだって、アリバイはないんだから」
そう言いながらもZやPちゃん犯人説などアタマから信じていなそうな表情で、ガンボは俺に言った。だがヤツだってきっと同じ思いに違いない。
俺が口を開こうとしたとき、飼い主様がUKTをつれてやってきた。
「ウチの旦那、ホントは部屋に運んでやりたいんやけど、Nちゃんも表に出されたままやから我慢するわ。UKTのおしめ代えたいから、一緒に部屋まで行ってくれへん?」
マルの行方も気になるところだが、とりあえず今は飼い主様の安全が大事だ。俺とガンボはうなずいて、彼女とUKTをつれて部屋に戻ることにした。
エレベータに乗るとき、ロビーの向こうの玄関先に倒れているNとおーがの姿が目に入る。Nの向こう側の雪は、強い日差しにすでに溶け出しているのだろう。ところどころ黒い地肌を見せていた。
おーがの周りは血の海だ。どうして二人がこんな目にあわなくてはならないんだろう。
俺は怒りを腹に飲み込んで、「閉」スウィッチを押した。
二人を前後から守りつつ、俺とガンボは部屋の前に着く。前を行くガンボが扉を開けた次の瞬間、
「わぁ!」「きゃぁぁ!」
ガンボと飼い主様の口から、短い悲鳴が発せられた。
驚いた俺があわてて部屋に飛び込むと、そこにはのどを掻っ切られたマルが、鮮血の海の中に横たわっている。俺は一瞬気が遠くなる自分を叱咤して、何とか口を開いた。
「クソマル……俺より先に死ぬやつがあるか」
遺体を蹴っ飛ばしたい衝動を必死で抑えて、俺はそれだけを口にした。
「Tさんは?」
短いガンボの問いに、ダチの死より生きてるダチの彼女の心配をするべきだと気づいた俺は、UKTを抱く飼い主様をフロントに預ける決心をした。
「でも、ホテル側の人間が犯人だって可能性も……」
言い募るガンボに俺は首を振る。
「ホテルの人間が、俺たちに何の恨みをもつ? 間違いない。犯人は俺たちの知っている人間だ。これだけ人間が死ねば、ホテル側だって断れないさ。ガンボ、おめーは飼い主様とUKTをつれて、フロントに居てくれ」
「かみはどうする気だ?」
「せめてTは助けたい。あのバカがTまで殺してしまう前に」
「かみ、あいつが犯人だと?」
「ほかに誰が居る?」
言った時、自分の表情が残虐な笑みにゆがんでいるのが、自分でもよくわかった。
「これだけのことをして、トンズラできると思うなよ?」
俺は小さくつぶやくと、ホテルの外めがけて走り出した。
あいつの行くところは、見当がついてるんだ。
うおぉぉぉっ!
雪を蹴立てて駆けながら、俺は雄叫びを上げていた。
数十メータ走ったところに、コンビニがある。
俺はコンビニに駆け込むと、店内中に響き渡る大音声で叫んだ。
「出て来いっ! うわばんっ!」
店内の時間が止まる。
そして。
半袖短パンのうわばんが、Tの首筋にナイフを突きつけながら姿を現した。やっぱりコンビニに居た。やつなら地方のコンビニでマニアックな食玩を探す誘惑に耐えられないだろうという俺の推測は、的を射ていたのだ。
Tは別に襲われた様子もなく、あいかわらずぽーっとした表情で、されるがままになっている。
「キサマぁ……なんでだっ!」
俺が怒鳴ると、うわばんはびっくりした表情でしどろもどろに言った。
「え、いや、なんかよくわかんないんですけど。とりあえず言われたんでやっとかないとまずいかなーみたいな」
俺はワケのわからないコトをつぶやくヤツに一発お見舞いしようと、拳を固めて走りよった。Tの首とナイフの距離は10センチ。テンションのあがった今の俺様には充分な距離だ。
走りながら俺は、Tに向かって叫ぶ。
「T! ほら、あっちにマルが居るよっ!」
反応したTがくいっとそっちに顔を向けたせいで、ナイフと顔の距離がさらに開く。その瞬間を見定めて、俺はコンビニの棚にあった雑誌をうわばんに向かって投げつける。
投げつけられたキワモノPC雑誌を避けようとして、うわばんが身をそらしたところに、俺の必殺の拳が飛んだ。
ホントはうわばんにかましたいところだが、まずはTの安全を確保しなくてはならない。俺の拳はうわばんの握ったナイフを弾き飛ばす。
Tとうわばんの間に強引に割り込むと、Tを背中にかばって俺は叫んだ。
「うわばん! なんでこんなことを!」
そのとき。
「かみっ! まてっ!」
声に振り向くと、ガンボが立っていた。
「かみっ! うわばんは犯人じゃない! 彼は利用されただけだ」
激昂していた俺は、その言葉に冷静さを取り戻す。
「どういうことだ?」
「うわばんはただ言われたんだ。『かみが来るから、Tの首筋にゴム製のナイフを当てて待ってろ』って」
ガンボの言ってる意味がわからず、俺は吼える。
「なに言ってるんだおめー! 誰がそんなことをさせるって言うんだ?」
「まあ待てよ。すべてはホテルで話す」
ガンボの言葉に従って、俺はホテルへ向かった。道すがらうわばんの監視も怠らない。ガンボはああ言っているが、犯人はうわばんに間違いないんだ。
なぜならヤツはうわばんだから。
 
ホテルに帰ると、ロビーには飼い主様とUKTが待っていた。
俺、T、うわばんを加えた5人の前で、ガンボが哀しそうな顔で言った。
「さて、それじゃあ謎解きを始めようか。まず、一連の事件をおさらいしてみよう」
俺たちは黙ってうなずく。
「Nの事件だが、彼女が発見されたのは朝の八時半。朝六時の段階で起きていたのはかみとおーがだろ?その言い分を信じれば、彼女の異変は6〜8時半の間に行われたと思っていい」
「正確には8時過ぎにお茶お買いに出る姿を飼い主様が見てるから、時間的にはほんの数十分だ。つまり俺たちの中に犯人は居ない」
俺の言葉にうなずくとガンボは話を進める。
「そう、そしておーがとマルの事件にしても、俺たちは常にお互いの目の届くところに居た。居なかったのは、おーがの事件ではマルとT。マルの事件ではTだけ」
「じゃあ、Tが犯人だって言うのか?」
「かみ、あわてるな。そうじゃないんだよ。この事件で最初から最後までアリバイのない人間が居るんだ。いや、だからうわばんじゃないってば!」
うわばんをぶっ飛ばしかけた俺を制して、ガンボは語る。
「最初に犯人から除外されて、その後ずうっとフリーだった人物。それは」
言いながらガンボは、表を指差す。
「Nしか居ないんだ」
俺はぽかんとしてしたまま、指差された方を見る。雪の中に埋もれた姿は最初に見たままだ。しかし、ミステリマニアのガンボの言うことである。意を決すると、俺は玄関を出て近寄っていった。
と、妙な違和感に捕らえられた俺は、途中から駆け出す。
駆け寄った先に横たわっていたのは……雪を詰めたスキーウエアだった。
パニックになりかけた俺は、ロビーまで駆け戻るとガンボに詰め寄る。
「おい、ガンボ。どういうことだ?」
「最初に倒れていたのは、N本人だったと思う。誰かに発見されるために、血のりを振りかけたウエアを着たNは、エレベータのインジケータが動き出すのを待って、玄関先からジャンプしたんだ。だから足跡が残らなかった」
「だが、その後は?」
「彼女はかみが追いかけてくると思ったんだろう。かみを脅かすためのいたずらだったんだ。ところがやってきたのは飼い主様。あれよあれよと思う間に、事態はややこしくなってゆく」
「……」
「そこへ持ってきて俺が『現場を保存しろ』なんて言っちゃったもんだから、彼女としては出るに出れない。そうこうしてるうち雪崩が起きて、ここは外界と隔離された」
俺は黙ってガンボの話を聞くしかない。
「みんなが部屋に上がったのを幸い、Nはそうっと起き上がると、ウエアに雪を詰めて身代わりにし、入り口と反対側へ起き上がりぴょんぴょんとジャンプしながら、大回りをしてホテルに戻った」
「足跡は?」
「見てごらんよ。足跡ではなくてジャンプした穴が、こっちと逆に向かってついてるじゃないか。それをたどってゆくと……ほら、林の中に消えている。林からホテルまで回ってくれば、玄関の前に足跡は残らない」
俺はおーがの死後、Nの後ろに見えた黒い地肌を思い出していた。
「後は簡単だろう? あのおーがが簡単に刺し殺されたことといい、マルが無警戒で首を掻き切られたことといい、いくら顔見知りでもうわばんにできる仕業じゃない」
「だが、Nが生きているとすればおーがにしてもマルにしても、『ドッキリだ』のヒトコトでごまかすことが出来る……か。俺がサプライズ物が嫌いなコトなんて、ヤツラは知らないからな」
「そういうことだ」
哀しげにうなずいたガンボに向かって、俺は叫ぶ。
「だが動機は何だ?」
そのとき、ロッカールームから人影が姿を見せる。
 
Nだった。
 
俺が問いただそうと叫びをあげる前に、Nはにっこりと笑って言った。
「その答えは、あなたが一番わかっているはず」
 

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もちろん俺にはわかってます。
前日の怪我で滑れなくなった俺に向かって
「かみ! スノースクート借りたぜ! めっちゃおもしろかった!」
とか非道ないじめをしたマルとおーがを、腹いせに殺したんです。
スクートに乗らなかった連中は生かしておいてあげるんです。
 
つーわけで二日目の俺は、こんな妄想にふけりつつ、クルマの中でひたすら待機してました。
膝を雪で冷やしながら。