笑ってる?

創作サイト【神々】の日記

【第二話】こんなにも青い空の下で

 
硬直するハムスターを見つめて、俺は冷たい汗をかいていた。
と。
思い出したように春菊がしゃべりだす。
しばらく固まっていたのは、どうやら考え込んでたらしい。
 
「ニンゲン、強いニンゲン?」
「ニンゲンって言うな、俺の名前はケージだ。強いってのは身体か、心か、それとも腕っ節か? 身体は頑丈だけど、心の方はどうかなぁ……まあ、女と酒の誘惑には弱いな」
「……ココロは弱いの? それだと死んじゃう」
「どういうことだ? <ビー玉の呪い>とかで死ぬんじゃねぇの?」
 
すると春菊のヤツ、チーチーと楽しそうに笑った。
 
「あははは、ニンゲン、バカだなぁ。呪いなんて『ひかがくてき』だ」
「おまえに言われるとヘコむわ。つーかケージって呼べ」
「ケージ、ココロ強い? 強ければ死なないよ」
「あん? どういうシステムで生き死にを決めるんだ?」
 
俺が小首をかしげてると、春菊がまた笑った。
 
「あはは、ケージ、カワイイね」
「うるせぇ、おまえのが百倍カワイイわ! つーか春菊、ちゃんと教えろ。ビー玉に触れた人間は、なんで死ぬんだ? きちんとわかるように説明しないと、ビー玉ぁゼッタイ返さないからな?」
「ダメだよ、返してよ!」
 
春菊はつままれてぶら下がったまま、ばたばたと暴れる。
 
「ニンゲンはね、ココロが弱いの。だから、ほかの動物の言葉がわかると、おかしくなっちゃうの。それでひと月くらいすると、だいたいみんな死んじゃうんだ」
「ああ、なるほど。ノイローゼになって自殺するとか、そういうことか。<ビー玉に触れたことが禁忌で、作ったやつに殺される>的な話じゃねぇンだな?」
「ニンゲ……ケージは?」
「ん? ああ、大丈夫だ。自慢じゃねぇが俺は、自分が大好きなことにかけちゃ絶大な自信がある。何があっても自殺なんてしねぇよ。200歳まで生きてやるんだ」
「200年も生きるの? ケージすごいね!」
 
どうやら死ななくて済みそうだとわかったら。
とたんに元気が出てきて、今までビビってたのもドコへやら、色々と好奇心が湧いてくる。だってハムスターがしゃべってるんだぜ? いや、確かに今さらナニ言ってるんだって話だけど。
 
「なはは、200年は無理かもな。でも100年くらいは頑張れば」
「僕よりずーっと多いね! すごいね!」
 
ふと、胸を突かれて俺は黙り込む。
そうか、ジャンガリアンは2年くらいしか生きられないんだっけ。
少し哀しい気持ちになって、俺は春菊に質問した。
 
「春菊、おまえは何歳なんだ?」
「ねえ、降ろしてよケージ。ぶらぶらしてると、ぶらぶらするよ」
「ナニ言ってんだか、ビタイチわからん」
 
まあ、つままれて宙に浮いてるのが不快なんだろう。
俺は左の手のひらに春菊をおろす。
それから、ビー玉を返してやった。
 
「よかった、ビー玉が返ってきた」
「で、おまえは何歳なんだよ、春菊」
「1歳半だよ。オトナなんだ」
 
そらハムの中じゃオトナだろう。
人間で言やあ、人生後半じゃねぇか。
だからって今さら、「春菊さん」とは呼ばねぇけどな。
 
俺は好奇心の赴くまま、春菊に尋ねた。
 
「このビー玉って、いったいなんなんだ?」
「ねぇ、ケージ。ケージのバイクはどうして片目なの?」
「イッコもヒトの話を聞かねぇな、おめーは。ライトは改造してあるから、片目で充分なんだよ。この方が何となくカッコいいだろう?」
「ねぇねぇケージ、あそこに入ったら速い?」
 

 
致命的に省略されたセリフだが、言いたいことは解った。
「空っぽのライトケースの中に入りたい、そんで走ってくれ」
って言うんだろう。
くりっくりの黒目を輝かせて、春菊が俺を見てる。
 
「ものすげぇ揺れるから、あんなトコ入ったらゲロ吐くぞ」
「大丈夫だよ! バイクって速いんでしょう?」
「セリフの前後が繋がってねぇよ。なんだおめ、スピード狂か?」
 
すると春菊は、ビー玉をつかんだまま、下を向いて鼻をヒクヒク。
 
「速いの好き。ボク走るの遅いから……」
 
どうやら照れてるらしい。
 
「乗せるのはいいけど、気持ち悪くなっても知らないぞ?」
「わあっ! ケージえらいよ!」
「なんで上から目線なんだよ。そこは、ありがとうだろ、フツー」
「うん、ありがとう」
 
手のひらの上で、春菊はひょこんとお辞儀をした。
 
とは言え、さすがにぶっ飛ばすわけにもゆくまい。
春菊をライトケースへそうっと入れ、エンジンをかける。
どうやら平気そうなので、そのまま駐車場をゆっくり一周。
 
俺の方からだと、春菊の様子はわからない。
ドコドコドコドコ……駐車場を回る。
ほんの2、3分の冒険旅行だ。
 
元の場所へ戻ってきて、エンジンを切った。
ライトケースから春菊を引っ張り出して、手のひらに載せる。
春菊はやけに興奮して、チーチーと騒ぎ立てる。
 
「ケージ! 見た、見た? すごい速いの! ぶろろろろんって!」
「見たもクソも、運転してたのは俺だ」
「すごいねぇ! 速いねぇ! びゅーんって!」
「20キロくれえで、えらいはしゃぎっぷりだな」
 
手の上でぴょんぴょんと跳ねる春菊。
落っことさないように気をつけながら、俺は路肩へ座る。
その間も春菊は、興奮してしゃべり続けだ。
 
「ねぇねぇケージ、もっと速く走れる?」
「もっと飛ばしたら、興奮で血管切れるぞ、おまえ」
「すごいねぇ、バイクって速いねぇ!」
 
手放しの喜びように、こっちまで嬉しくなってしまう。
ハムスターと会話している不思議さえ、どうでもよくなってしまって。
しばらくの間、春菊を眺めていた。
 
「ところで春菊、おまえはドコに住んでるんだ?」
 
ようやく落ち着いたところを見計らって、俺はそう話しかけた。
春菊はキョトンとこちらを見て、ふるふるヒゲを震わせる。
 
「おうちだよ」
「説明しようとする意思が感じられねぇ。ここから遠いのか?」
「遠くないよ。今日はここ」
「ああ、ここで野宿か。ひとっトコロに住んでねぇのか」
 
ハムスターの生態には詳しくねえが、それが普通なんだろうか?
 
「まあいいや。よう春菊、俺と一緒に来ないか?」
「ケージと? いいよ」
「おめ、少しは考えてるんだろうな? 一緒に住もうって話だぞ?」
「ケージはバイクに乗せてくれたから好き」
「そうか、ありがとよ。そんじゃ俺ン家に行こうか」
 
結局、ビー玉の正体も、この状況の理由もまったくわからないまま。
俺は春菊を胸のポケットに入れて、バイクにまたがった。
ポケットから顔だけ出した春菊は、早くも目をキラキラさせている。
 
30分ほど走って、アパートにたどりつき。
 
単車を仕舞って、ポケットから春菊を引っ張り出す。
すると、春菊はヒクヒクしながら丸まっていた。
 
「おい、春菊! どうした? しっかりしろ!」
「ひっひっひっひひぃ!」
「もしかして……うれしすぎてヒキツケ起こしてんのか?」
「ケージ、バイク、すごい! すごい!」
 
過呼吸でも起こしてるのかと思ったが、どうやら回復してきた。
 
「あーびっくりした。楽しくて死んじゃうかと思った」
「ホント脅かすな。おめーは小動物なんだからよ」
「ねえケージ、おなか空いたね」
「おう、今から晩飯の買い出しだ。ひまわりのタネでも買ってやるよ」
「ひっ、ひまわり! ひまわり! ひっひっひっひ」
「だから、喜びすぎるのはやめろ、マジで死ぬぞ!」
 
さすがに食料品の売り場で、ネズミが見えるのはまずいだろう。
春菊をポケットに隠して、俺は近所のスーパーへ行った。
そして……そこで俺は。
 
春菊の言葉の、本当の意味を知ることになる。
 
 
 
第三話へつづく