笑ってる?

創作サイト【神々】の日記

【第三話】こんなにも青い空の下で

 
スーパーの自動ドアを入る。
店の中は喧騒にあふれていた。
そして俺は、おどろきに動けなくなる。
 
「いらっしゃいませー!」(また客が来たようぜぇ)
「あら奥さん、こんにちは」(うわダッサい服)
「あらあら、奥さんしばらく!」(ち、安い肉が買いづらいわ)
 
スーパーにいる人の、言葉と心の声が、重なって聞こえるのだ。
 
相手が黙っていれば、なにも聞こえない。
だが、言葉を発すると、そこに重なって心の声がする。
俺は軽いパニックで、思わず固まってしまった。
 
同時に、心のすみっこで、「ああ、なるほど」と納得もする。
 
俺はポケットに隠れた春菊に話しかけた。
 
「春菊、おまえには俺の言葉が重なって聞こえるか?」
「聞こえたり聞こえなかったり。ケージの声は聞きやすいよ」
「今は?」
「今はちょっとわかんない。ごちゃごちゃしてる」
 
俺の脳内は、今、とても混乱している。
それが複雑すぎて、春菊にはノイズに聞こえるのだろう。
 
彼ら動物たちは、脳の中と発した言葉が同じ。
だが、人間の場合はそれが一致してない。
それが春菊たちには同時通訳みたいで聞きづらい。
 
ということになるわけだ。
 
そして、これこそが。
 
ビー玉を触った人間が、すぐに自殺する理由だったのだ。
いつも他人の本音が聞こえるのだから、たまったもんじゃないだろう。
気が弱いやつなら、死んでもおかしくない。
 
と、ここで俺は、恐ろしい可能性に思い当たった。
 
「ま、まさか、相手にも俺の頭の中身が漏れてるのか?」
「ニンゲンは別みたい。鈍いんじゃない?」
「そ、そうか……とりあえずよかった」
 
自分の気持ちがダダモレになるマンガ、サトラレ
ああいう話にはならないようだ。
安心してると、春菊が感心したようにつぶやいた。
 
「ニンゲンってみんな、違うことを同時にしゃべるよね。すごいよね」
「すごかねぇよ。むしろ、そんなヤツはロクでもねぇ」
「だって、ニンゲンだけだよ、そんなの」
「おまえらのが、ずっとすげぇよ。人間はダメだ。俺も含めてな」
「ケージはダメじゃないよ! バイク乗せてくれた」
 
そう言ってもらえるのはありがたい。
だが、今はなんの慰めにもならないよ春菊。
軽い絶望に襲われて、俺は言葉をなくす。
 
俺はこれから、動物の言葉を理解できて。
しかも、人間の本音を聞かされ続けるわけか。
まったく、うんざり……ん? まてよ?
 
それって悪いことばかりじゃないよな?
 
なんたってサトリの能力だ。
人間との駆け引きなら最強じゃないか。なんだってやれる。
そう考えればこの能力も、まんざら捨てたもんじゃない。
それどころか、これからの人生をばら色に……
 
ま、まてよ? 本当にそうか?
人間の本音を聞かされるのもアレだが。
動物の言葉を理解できるってのも、これはシンドいんじゃないか?
 
今までは動物の声なんて聞こえなかったから平気だった。
 
だが、これからは、それがこっちにも理解できちまう。
つまり<意思の疎通ができる相手>なんだぞ?
気にしなきゃいいなんてのは、とんでもない間違いなんじゃないか?
 
「こらぁ、確かに狂うわ」
 
言葉を発しない限り、脳内を読まれない。
これがまあ、唯一の救いといっちゃ救いだろう。
ずっと垂れ流しだったら、相手の心がわかるにしろ、自分の心が(動物限定とは言え)バレるにしろ、あっという間におかしくなる。もっと図太いヤツなら動物なんて気にしないかも知れないが。
 
それにしても……
 
「動物とは言え、コミュニケーションの成立する相手だもんなぁ」
「ケージ、困ってる」
「聞こえたか?」
「うん。困った困ったってずーっと言ってるよ」
 
口を開いたとたんコレだ。
春菊相手ならまだしも、他の動物にまで聞かれるのはいやだ。
俺は動物が人間の言葉を理解できると知ってしまったんだから。
 
もっとも、これはなるべく動物のいないところへ行けばすむか。
 
まあ、とにかく冷静になろう。
 
とりあえず、約束どおりひまわりの種を買うと。
逃げるようにアパートへ戻った。
自室で、『喜びのひまわりダンス』を踊る春菊を眺めつつ。
 
俺はこの先の作戦を練った。
 
 
春菊に大人しくしてるよう言い聞かせて、俺は家を後にした。
結論として、『心の問題は、精神的にキツくなって』から考える。
まずは手っ取り早く金を稼ごう。
 
とは言え、元手のない俺がこのチカラを利用して稼ぐには、ギャンブルくらいしか思いつかない。しかも、機械相手のパチンコは論外、競馬も馬と話す機会があるかわからないし確実性に欠ける。
となれば人間相手の手軽なギャンブルとして、麻雀が無難だろう。
 
駅前の麻雀荘へ入ると、元気のいい声が聞こえてきた。
 
「いらっしゃいませー!」(貧乏そうなのが来たな)
「当店は初めてですか?」(昨日の女、今晩にでも電話してみよう)
「それではシステムを説明します」(だりー、早く帰りてぇなあ)
 
フリー客として、ほかの客と卓を囲む。
黙り込まれては困るから、注意されない程度に話の水を向ける。雀荘でペラペラしゃべるのはマナー違反だし、イカサマ防止のために禁止されることが多いのだが、ここではしゃべっても、目くじら立てられることはなかった。
若者の多い店だからかも知れない。
 
幸い、卓を囲んだ客が話好きだったので、俺は連勝する。
 
だが、言葉に重なる脳内の声を聞くのは、思いのほか疲れる作業だった。
やってるうちに頭痛がしてくる。
十万円ほど勝ったところで、俺は勝負を切り上げて立ち上がった。
 
店を出るとき、カゴに飼われている小鳥がぴよぴよ鳴いた。
 
ぴよぴよぴよぴよぴよ」(上手くやったじゃねぇか)
「おう、ありがとな!」
「ぴよぴーぴよぴよぴー」(言葉も通じないくせに、タイミングよく返事するな)
「はは、通じてるよ。俺は他の人間とは違うんだ」
 
小声でそう答えると、俺は店から出る。
うしろから小鳥の声で、「あーびっくりした。こっちの言葉がわかるのか。おどかすなよ、ニンゲン!」と騒いでいるのが聞こえてきて、俺は思わずクスリと笑ってしまった。
帰りにペットショップへ寄って、ちょっと高めのハムのエサを買い。
俺は春菊の待つアパートへ戻った。
 
 
俺の生活は一変した。
 
仕事をやめて、麻雀荘へ出入りするようになる。
そしてそこで、俺は人気者になっていた。
よくしゃべる気のいい男。上手くはないが、たまに驚くほどの読みをする。真剣にやる気はないようで、真面目な大勝負はあまり好まない。みんなでおしゃべりしながら気楽に打つのが好き。
 
これが俺の得た評価だ。
 
いや、こっちだってホントは大勝負で勝ちたい。
だが、ペラペラしゃべりながらそういう大勝負をするやつはいない。相手がしゃべらなければ心は読めないから勝てない。仕方ないので、しゃべっても見逃される程度の、軽い勝負で勝ち負けを繰り返す。
それが真相なんだけどな。
 
稼ぎはサラリーマンのころと、それほど差がない。
だが、気楽だし面白いし、時々は手に汗握る勝負も出来る。それに、知り合ったばくち打ち仲間に教わって、非合法のカジノへも出入りできるようになった。もっとも、こっちでも大勝はほとんどない。
 
だが、代わりに人脈が出来た。
 
色々な人に紹介され、そこで会話を繰り返すうち。
俺は交渉人としての仕事を請(う)けるようになった。
そしてその仕事は、ばくちよりずっと大きな儲けを生んだ。
 
相手の思うことを見透かすような、腕のいい交渉人。
 
そう呼ばれるまでに、それほど時間は掛からなかった。
 
まあ、ホントに相手の頭の中身がわかるんだから、当たり前の話だ。
俺がやることは、とにかく相手にしゃべらせること。
相手がしゃべってくれさえいれば、考えてることはすべてわかる。
 
交渉を依頼してくるスポンサー相手には、
「相手の言葉や表情から、本心を推察できるんです」
とかなんとか、適当なことを言えば、みな簡単に騙された。
 
俺の前でウソをつくことは出来ない。
だから俺は、政治家や経済界の大物、暴力団幹部などに重宝された。
中には、精神分析について本を書かないか? なんて話もあったりして。
 
さすがにそれは断ったけどな。
 
「ハムスターのビー玉が」なんて、書けるわけないし。
 
 
俺はやたらと忙しくなった。
同時に、預金の額が天井知らずに増えてゆく。
腕のいい交渉人は、どこでも重宝されるのだ。
 
特に、ウラの社会では。
 
俺は春菊のためにひと部屋を借り、エサやオモチャを山ほど用意した。
春菊は喜んで、最高級のエサを食い、色んなおもちゃで遊ぶ。
彼にとってはとんでもなく広い部屋の中で、春菊は自由に暮らした。
 
俺はあまり家に帰らなくなった。
 
そんな生活が、半年ほど続いたある日。
 
 
春菊の姿が消えた。
 
 
 
第四話へ続く