笑ってる?

創作サイト【神々】の日記

 
思いのほかよく晴れた空の下。
気温はずいぶんと上がり、初秋だというのに汗をかくほど暑い。
こりゃあいいやと、バイクに乗って走り出したのだが。
 
峠道を駆けてる途中で、ポンコツのエンジンが悲鳴を上げた。
 
てっぺんの休憩所で、おつかれ気味のエンジンを休ませ。
誰もいない駐車場を眺めながら、タバコを一本つける。
晴れあがった秋の空は、やけに気持ちがいい。
 
と。
 
ころころころ
 
ドコからだろう、俺の足元にビー玉が転がってきた。
 
ガラス球の中に赤いリボンが踊る、よくあるタイプのビー玉だ。
何気なくつまみ上げようとすると、風もないのにころころと転がって、俺の指先から逃げてゆく。別に放っておいてもよかったのだが、なんとなくムキなってしまい、立ち上がってビー玉を追いかけた。
 
側溝に落ちる寸前、なんとかブーツの底で踏みつけ。
つまみ上げようとすると、今度はチーチーと妙な音がする。
かがんだ姿勢のまま、音のする方へ視線を移すと。
 
「ハムスター?」
 
五センチくらいの小さなげっ歯類が、後ろ足で立ち上がっている。
縁石の上で騒いでいるコイツは、ジャンガリアンハムスターだ。
昔、飼ったことがあるから間違いない。


 
「おまえ、どうしたんだ? 野良猫に食われちまうぞ?」
 
そう声をかけると、ヤツはこちらに向かってチーチー叫ぶ。
小さな身体で懸命に伸び上がる姿に気を取られながら。
俺は、ほとんど無意識にビー玉をつまみ上げる。
 
とたん。
 
「あー! 触(さわ)っちゃった!」
 
小さな叫び声がした。
驚いて後ろを振り返るが、誰もいない。
すると、その声は続けて言い放った。
 
「こっちこっち! 目の前!」
 
恐る恐る声の方を見る。
つぶらな瞳をこちらに向けながら、立ち上がってわめいているのは。
どう見ても、先ほどのジャンガリアンハムスター。
 
「うっわ、マジでやべぇ。俺、そーとー疲れてんだな」
 
独り言ちながら頭を振るが、しかし、現実は厳しい。
 
「そんなの知らない。ビー玉を返して!」
 
声はやっぱり、目の前のハムスターから聞こえてくる。
まさかそんなわけないだろう、と思いたいのだが。
しかしそういえば、叫び声なのに音量がやたら小さい。
 
俺は驚いたまま呆けてしまって、何も答えられないでいた。するとハムスターは、ぷりぷり怒りながら詰め寄ってくる。いや、ハムスターの表情なんて見分けつかないから、『たぶん』怒ってる。
俺は途方に暮れて、その場へ立ち尽くした。
 
 
最初の衝撃から覚めた俺は。
ごくりとつばを飲み込んでから、恐る恐る話しかけてみる。
 
「な、なんで言葉を話せるんだ?」
「そっちが解(わか)るようになっただけ」
「お、俺が? なんで?」
「いいからビー玉を返して!」
 
ケンマクに押されて、つまんでいたビー玉を差し出す。
宝物でも受けとるように、両手でビー玉をつかんだハムスター。
くるりと踵(きびす)を返すと、後ろ足だけでにごにご歩き出した。
 
「ちょ、待った! 説明してくれないか!」
「なにを?」
 
くるりと振り返ったハムは、黒目ばかりの瞳をこちらに向ける。
小首をかしげる様はなんとも可愛らしいのだが、今はそれどころじゃない。
この奇妙な状況に、合理的な説明が欲しいのだ。
俺の精神安定のために、どうしても。
 
「なんで動物の言葉をわかるようになったのか説明してくれ」
「ビー玉に触ったから。ダメって言ったのに」
「ダメって言った? ああ、チーチー鳴いてたアレか」
「でも、触っちゃったから、すぐ死んじゃう」
 
とんでもない言葉を吐いて、ハムスターは歩き出す。
 
「おい、ちょっと待てってハムちゃん! 死んじゃうってなんだ?」
 
ハムスターは、キッっとこちらを見返すと、イキオイよく叫んだ。
 
「ハムちゃんじゃない! 春菊だよっ!」
シュンギク? そらまた苦(にが)そうな名前だな」
「ニンゲンのバカー! すぐ死んじゃうくせにー!」
「だから、なんだその物騒な話は。どういうことだ?」
「ビー玉に触ったから死ぬの。決まってるんだよ」
「決められてたまるか!」
 
どうも、このハム……春菊の話は要領を得ない。
しかし、『ビー玉に触った瞬間から、ハムスターと会話できてる』と言う奇妙な事実が、理由や理屈に関係なく、『死ぬ』という言葉への真実味を感じさせる。俺は狼狽しながら春菊に話しかけた。
 
「ど、どうして死ななきゃならないんだ」
「ニンゲンはビー玉に触ると死ぬの。だいたいひと月くらい。わかった?」
 
まったくわからんし、わかりたくねぇ。
 
「じゃあボクは帰る、バイバイ」
 
春菊はビー玉を抱いて、よちよちと歩き出した。
このまま帰られちゃ困るので、俺は強硬手段にでる。
すばやく春菊をつまみあげ、ビー玉を強奪したのだ。
 
春菊はつままれたまま、おどろいて固まってしまう。
それから我に返り、盛大にわめきだした。
 
「はなせー! かえせー! 鬼! 悪魔! ニンゲン!」
「最後のは暴言なのか? まあいい、よく聞け春菊」
「いやだー! かえせー!」
「だったら、ちゃんと詳しい話を聞かせろ!」
「ニンゲンのばかー!」
 
どうにも埒(らち)が明かない。
 
「よしわかった。じゃあ俺は今から、ビー玉ごと雪山に行って死んでやる」
「……?」
「雪山で凍って、百万年くらいたってから、マンモスと一緒に発見されてやる」
「マンモスってなに?」
「食いつくべきはソコじゃねぇよ! ビー玉は返さないって言ってんだ」
「そんなのずるいよ! ボクのなのに!」
 
背中をつままれてぶら下がったまま、春菊はチーチーと文句を言う。
その身体を、目のまえに持ってくると。
ゆっくり、はっきり、俺の言い分を聞かせてやる。
 
「春菊がビー玉を転がしたから、触っちゃったんだ。俺は悪くないだろ?」
「……そう?」
「つまり全部おまえの落ち度で、悪いのはおまえだ」
「でも……」
「いいや、悪いのは絶対におまえだ。おまえは俺を助けなきゃならない」
「なんで?」
「俺のオフクロに怒られるんだぞ。ものすげぇ怖いんだぞ?」
 
ナニが悲しくて、ハムスターを脅迫してんだろう、俺は。
 
「怒られるの?」
「怒られるね、間違いなく」
「怖いの?」
「怖いなんてもんじゃねぇよ。ビビってメシ食えなくなるぜ?」
 
ヘコんだ春菊は、下を向いて鼻をヒクヒク動かしている。
今までの会話から考えて、春菊はそれほど賢くない。
おそらく小学校低学年くらいの知能だろう。
ここは一気に畳み込んでやる。
 
「でも、それじゃあ可哀想かなぁ」
「じゃあ、かえしてくれる?」
「ああ、いいよ。ただし、俺が死なないようにしなきゃだめだ」
 
すると春菊は、口を半開きにしたまま、俺を凝視する。
おい、なんで固まってるんだ?
なんだよ? ダメなのか? 触ったらゼッタイに死ぬのか?
 
いやな汗が、背中をつーっと流れてゆく。
 
 
 
第二話へつづく