ニンゲンのことはニンゲンって呼んでた。
ニンゲンはボクのことをネズミって呼ぶ。
ネズミじゃないよ、春菊だよって言っても呼ぶ。
だからボクもニンゲンって呼んでた。
ニンゲンはすぐ死んじゃうから、哀しかった。
ケージはケージって呼べって言った。
ケージはボクを春菊って呼んだ。
ケージはバイクでびゅーんって走ってくれた。
ケージはニンゲンじゃなくてケージ。
ケージは死んじゃだめ。
ビー玉をもったときから、わかってたんだけど。
いろんなことがケージに上手く教えられない。
ケージの元気をちょっともらうと、ボクは長生きできる。
上手く教えられたら、ケージならちょっとは分けてくれたかな。
ケージは忙しくなったから、分けてくれないかな。
おいしいご飯と、いっぱいおもちゃ。
たくさん遊んだけど、誰もいないとちょっとさみしい。
ケージが帰ってこないから、ボクは冒険に出た。
マンモスを見に行くんだ。
ビー玉が重くて、なかなか進まない。
誰かに触られたらケージが困るから、隠れて冒険。
たまに猫に見つかると、逃げるのが大変。
でも、猫はホンキじゃないから、何とか逃げる。
猫はボクより、カリカリの方が美味しいんだって。
マンモスは雪山にいるんだ。
初めて会ったときケージが言ってた。
雪山に行くには電車に乗るんだ。
ボクはいっぱい旅をしたから知ってる。
何日も歩いて、やっと駅に着いた。
駅にはたくさんニンゲンがいた。
見つかると困るから、隠れて駅の中に。
もう少しで駅に入れると思ったら。
すごく大きな猫に見つかった。
「おい、おまえは春菊か?」
「なんでボクの名前を知ってるの?」
「俺はゴンスケ。サヤカの猫だ。おまえを連れにきた」
「サヤカってだれ? ボクは美味しくないよ?」
ボクはドキドキしながら、猫に食べないでと言った。
「食わないぞ。カリカリの方が美味しい」
「ああ、よかった。食べられたらケージが困るんだよ」
「放っておかれたんだろ? 別にいいじゃないか」
「ダメだよ。ケージはニンゲンじゃないんだ。ともだちなんだ」
ともだちと言ったら、猫はクスッっと笑った。
「まあ、いい。こっちに来い。くわえて運んでやる」
「食べない?」
「大丈夫だ。食ったら俺がサヤカに怒られる」
「サヤカ怖いの?」
「ああ、怒ると怖いぞ。普段はやさしいけどな」
「ケージはいつもやさしいよ」
また猫がクスッと笑った。
猫がそうっとボクをくわえた。
痛くはないけど、ちょっと怖いや。
それから猫は、すごいスピードで走り出した。
ひゅうっ!
ボクの横を風が吹き抜けてゆく。
うわぁ、速いや。ケージのバイクより速いかも。
猫にくわえられて怖かったけど。
びゅーんって速いのは楽しかった。
ドアに穴が開いてて、そこにぱたぱたがあった。
ぱたぱたをくぐると、お部屋の中だった。
中には、変なにおいのするニンゲンの女と。
ケージが立っていた。
「ケージ! 元気だね!」
「元気じゃねえよ! 心配させやがって!」
「あのね、冒険なんだよ。マンモスを見に行くの」
「そうか、そうか……よかった! ホントによかった!」
ケージが泣いてる。
「こんにちは、春菊ちゃん。サヤカよ」
「サヤカは怖いんだよ。猫が言ってた」
「ちょ、ゴンスケっ! あんたなんてコト言ってんのよ」
「事実を述べたまでだ。ケージ、こいつ、おまえが優しいとさ」
ケージはいっぱい泣きながら、ボクを手に載せた。
「春菊、放っておいてゴメンな?」
「ケージ、忙しいから仕方ないんだよ」
「俺の元気とかチカラとか、おまえにあげるよ」
「本当? うれしいな! ケージえらいよ!」
ケージは泣き笑いしながら、指先でボクをなでる。
気持ちがいいや。
それからボクは、猫に向かって言った。
「ほらね、ケージはやさしいんだ」
猫はふんと言いながら、ちょっと笑う。
「ああ、わかった、わかった。いいからまずはチカラをもらえ」
「そうよ、春菊ちゃん。ぼろぼろになってるじゃない」
「毛づくろいする暇がなかったんだよ。冒険だからね」
「やり方はわかるのか?」
僕は猫にうなずきながら、ビー玉でチカラをもらう。
「ケージ、大丈夫?」
「ああ、ちょっとダルくなったが、全然平気だ」
「ボクはいっぱい元気になったよ!」
「そうか、よかった! ホントによかった!」
ケージはまた泣いてる。
目玉が壊れちゃったのかなぁ。
チカラをもらい過ぎたのかなぁ。
「春菊、あのアパートも俺のマンションも引き払ったんだ」
「ひき……なに? もう住まないの?」
「そうだよ。仕事もやめた。田舎に行こう」
「仕事やめたの? 忙しくなくなった?」
「ああ、いっぱい遊ぼう! 田舎で暮らそう」
「うわあ、すごいや!」
「遊んだり、冒険したりしような」
「うわ、うわ、うわ……」
ボクはうれしくて声が出なくなる。
「喜びすぎんな! またヒキツケ起こすから!」
「よかった、いつものケージだ。目玉、治ってよかったね」
「目玉? ああ、そうか。うん、もう泣かないよ」
「よかったねえ」
でも、またケージは泣いてる。
サヤカも泣いてる。ふたりとも、やっぱり目玉がおかしい。
猫は笑ってる。
「俺はゴンスケだって言っただろ」
「ゴンスケはボクを食べないから、一緒に遊ぼうよ」
「あん? ……ま、いいか」
「私も遊ぶよ」
「サヤカはお風呂に入らないとダメだよ。変なにおいがする」
サヤカは黙ってしまった。怒ったのかな?
怒ったら怖いから、イヤだなぁと思った。
そしたらゴンスケが教えてくれた。
「サヤカのにおいは香水って言うんだ」
「へえ、なんでくさくするの? 敵をやっつけるの?」
「まさかスカンク扱いされるとは思わなかったわ」
「スカンクってなに?」
サヤカは「今度はお風呂に入ってくる」と笑った。
うん、その方がいいよ。
すると、ケージがビー玉をとった。
「ダメだよ、ケージ! ボクのだよ!」
「こいつは俺が預かる。重たいだろう?」
「でも、なくなっちゃうと困るよ」
「なくしても戻ってくるらしいが、誰かに触られちゃ確かに困る」
ケージはニコニコしながら、ビー玉をポケットに入れた。
「なくさないように仕舞っとく。使うときは言え」
「でも……」
「いつか俺が死んだら、自然に戻ってくるさ」
「そうなの?」
するとサヤカとゴンスケが、笑いながらうなずいた。
「だから俺が死ぬまで、お前は俺のチカラをとって生きろ」
「でも、ケージは疲れちゃうよ」
「そしたら縁側で日向ぼっこしながら、おまえと昼寝するさ」
「うわあ、すごいや! ボク、いっぱい生きられるね」
「当たり前だ! お前は俺が死んでもずーっと生きろ」
ケージがいないと、さみしいなあ。
「そのころには、俺の子供がいるさ」
「そうなの? どこにいるの?」
「今はいないけど、そのうち生まれるよ」
「サヤカが生むの?」
ケージは真っ赤になってふにゃふにゃ言ってる。
サヤカは「そうかもね」と笑いながらケージを見てる。
ゴンスケはあくびしながら、「どうでもいい」って言った。
「あはは、ケージ、カワイイね」
そしたらみんながそろって、大きな声で笑った。
「おまえのが、百倍カワイイわ!」
ケージが笑って、サヤカが笑って、ゴンスケがあくびして。
ボクはなんだか、とてもいい気分になった。
うれしくて楽しくて、でもヒキツケないように気をつけなくちゃ。
ボクはケージに向かって言った。
「ねえ、ケージ。マンモスを見に行こうよ!」
するとケージは、ちょっと困った顔で笑ってから。
「そうだな。それじゃまず、このハンカチで身体をくるめ」
「なんで? 寒くないよ?」
「これから寒くなるんだよ。バイクに乗るんだから」
「うわっ! バイク! ケージえらいよ! うわ、うわうわ!」
ケージが「ヒキツケるぞ!」って言ってる。
でも、うれしいのは止まんないからしょーがないよ。
だって、バイクに乗るのは久しぶりだからね。
するとケージが、ニヤニヤしながら言った。
「そうだ、春菊。途中であそこに寄ろうか」
「どこ?」
「ひまわり畑」
「ひまっ、ひまわっ、ひっひっひいい!」
ボクはうれしくてヒクヒク。
ケージが驚いて、「やめろ、喜びすぎんな!」って怒鳴る。
するとサヤカが、ケージの頭をゴツンてやった。
「いっぺんに喜ばすからでしょ! 春菊ちゃん、疲れてるのに」
ケージがサヤカに怒られてる。
ゴンスケはこっちを見て、おおきなあくびをした。
ボクはあんまりうれしかったので。
ひまわりダンスを踊った。
窓から見える空が、とっても青かった。
最終話/了