笑ってる?

創作サイト【神々】の日記

モータードライブ(4)

 
パーキングに入ると、休憩施設からもっとも遠い地点へ。
ドリンクの販売機が並んだ場所で、モータサイクルを停める。
休憩施設の入り口にある、防犯カメラを避けるためだ。
  
すでに見知った顔が、何人か集まっている。
ほとんどが、ここで知り合った連中だ。
友人や仲間と言うよりは、共犯者と言った方がいいだろうか。
 
夜に棲むもの、夜棲(やすみ)と呼ばれる者たちである。
 
夜棲は、「休(やすみ)」や「病(やすみ)」に通じる、いわば蔑称である。
深夜、狂った速度で走る彼らを、報道機関が皮肉って呼んだのが最初だ。
もちろん、本人たちはひとつも気にしていない。
 
アカネが二度目にガンテツと会った時、横にいた細身の男。
ガンテツにイズモと呼ばれていた男が、モータサイクルから降りる。
彼はちょっと驚いた表情を見せつつ、集まってる者たちに声を掛けた。
 
「よう、今日はやけに多いな? もう10人ちかく集まってるじゃん」
「あ、イズモくん! いや、それがさぁ、なんか様子がヘンなんだよ」
「おまえの様子が変なのは、いつものコトじゃね?」
「ちょ、ひどいなぁ。そーじゃなくて、さっき、休憩所のトコでさ……」
 
男の話を聞くうちに、イズモの表情が曇ってゆく。
 
「そら、確かにヘンだな。その女って、誰かの知ってるやつ?」
「あ、俺、知ってるよ。なんか今週になって、毎日、来てた女だ」
「へぇ、ナニモノなんだろ? 皇安(皇安警邏)かな?」
「月曜から毎日だって? まてよ、最近そんな話を聞いた気がする」
 
思い当たる節があるという男が、携帯電話を取り出した。
話を聞いたと言う友人に連絡を取ると、幸い、繋がったようだ。
しばらく話したあと、電話を切った表情が険(けわ)しくなっている。
 
「ガンテツさん、今日、上がるかな?」
「そういや、今週はまだ見てないな。今日あたり来るんじゃね?」
「イズモくんって、ガンテツさんにツナギついたっけ?」
「ああ、ケーバン(携帯電話番号)は分かるけど、なんで?」
 
電話の男は険しい表情で、つぶやくように言った。
 
「その女、ガンテツさんの知り合いらしいんだよ」
「はぁ? その誘拐されたって女が?」
「詳しくは分からないけど、ガンテツさんを探してるって」
「へぇ、それで毎日きてたのか。イズモ、ガンテツさんに連絡……」
 
みなが、そんな風に話し込んでいるうち。
イズモはすでに、携帯をとりだしていた。
 
 
 
夜棲たちが集まって来るたび、さっきのやり取りが伝えられた。
いつもなら、走るなり休憩するなり、それぞれ好きに行動する。
しかし今夜は、ガンテツの知り合いが誘拐されたと聞いて、みな動かない。
 
別に仲間でも、徒党を組む集団でもない。
だが、彼らには彼らのつながりがあり、それは大切にされる。
ここにいるのは全員、法規にそむく、いわば犯罪者だ。
 
ひとりのドジで、一斉に検挙されるなんてこともある。
 
だからこそ、身分や家柄、そのほかのナニモノにも左右されない。
「走ること」ただそれだけを愛し、この時間と空間を共有する。
それが彼らのつながりであり、絆(きずな)なのだ。
 
「俺たちの場所で、ふざけたコトはさせない」
 
シンプルに言ってしまえば、そういうことである。
 
もちろん、「俺は関係ない」と、そっぽを向くのも自由だ。
無関係だと距離を置いたって、それに文句を言う者はいない。
好きなヤツ、気に入ってるヤツの、力になるか、やめとくか。
 
単に、それだけのコトだ。
 
「連絡が付かない」とイズモが携帯を仕舞った、ちょうどその時。
電磁モータを低くうならせて、モータサイクルが入ってきた。
乗り手の大柄な体躯をみて、みながホッと胸をなでおろす。
 
「よかった、ガンテツさんが来た」
 
車列に愛機を滑り込ませたガンテツは、大勢が集まっているのに驚く。
 
「なんだ? 今日は何かの祭りか、イズモ?」
「ガンテツさん、ちっと厄介なことが起こったみたいです」
「ん? 誰か事故るか、とっ捕まるかしたのか?」
 
ならば動かなくてはと、ガンテツは眉をひそめた。
イズモは、最初に確認したいことを、ズバっと切り出す。
 
「こないだの女の人、ガンテツさんの何なんです?」
「がはは、おめ、やめろつったろ。あの女は別に……」
 
からかわれてるのかと笑いかけて、イズモの真剣さに言葉を呑む。
イズモはガンテツに、誘拐らしい一件の詳細を語り始めた。
途中、途中で、目撃した若者達の証言が入る。
 
中でも重要だったのが、ひとりが携帯で撮った写真だった。
彼は「珍しい車種だから」と、例のモビルの写真を撮っていた。
すると、その運転者が、件(くだん)の誘拐劇を演じたというのである。
 
「こらぁ、間違いない。あの子だ」
 
写真に写ったアカネの姿を見るなり、ガンテツはうなり声を上げた。
 
「で、その子ってガンテツさんと、どんな関係なんです?」
「どんなも、こんなも、なんでもねぇよ」
 
ガンテツは肩をすくめながら、彼女のといきさつを話す。
それを聞いたイズモは、肩をすくめて呆れたように言った。
 
「なんだ、まるっきし他人じゃないですか」
「まあ、そう言っちまえば、そうなんだが……」
 
言葉を切って考えていたガンテツは、顔を上げるとにやりと笑った。
 
「だが、そんなことは関係ねぇだろ?」
「ですね。ココでこんなことされて、黙ってるわけには行きませんね」
 
ガンテツの返事に、イズモは心から嬉しそうに笑った。
そうなのだ。ガンテツさんってのは、こういう男なのだ。
だからこそ俺は、この人が好きで、この人のために動きたいと思うのだ。
 
イズモは笑顔を引っ込めると、皆の視線を意識しながら言葉を放った。
 
「で、ガンテツさん。どうするか、決めてるんですか?」
「わからん。イズモ、どうすればいい? おまえのプランに従うよ」
 
くだらないプライドや見栄など、ガンテツは全く持たない。
自分の出来ること、出来ないことを知っている。
そして、出来ないなら躊躇せず、誰かを頼る。
 
それをごく自然にするから、ガンテツの周りには人が集まるのだ。
 
「まずは警邏に通報し、確認してみます。動くのはそれからです」
 
言うが早いか、警邏に連絡を入れたイズモは、その場を離れてゆく。
もしかしたら、皆の知らないツテを使って、裏から話を聞くのかもしれない。
それをどうこう言う男は、ここにはひとりもいなかった。
 
誰にでも、人に見せない姿がある。
 
あの人には見せても、この人には見せない、それは八方美人とは違う。
初見の女性にエロ話をしたり、子供に裏の話をしないのと一緒だ。
極端な話、その話を知ることが、相手の迷惑になる場合だってあるのだ。
 
相手に斟酌(しんしゃく)するのは、礼儀の範疇(はんちゅう)である。
 
電話を切ったイズモが、暗い表情でこちらへ戻ってきた。
 
「思ったより、ヤバいかもしれません。いや、誘拐自体、ヤバい話ですが」
「どうしたんだ? 警邏も、何もつかめてないのか?」
 
焦った顔で聞くガンテツに、イズモは首を振った。
 
「つかめるつかめないじゃなくて、まるっきり動いてません」
「なんだと? 防犯カメラに写っていたんだろう?」
「写ってない、そんな事実はないそうです。で、ちょっとツテを頼りまして」
 
その情報によると、どうやら上の方から、「通達」があったと言うのである。
赤いモビルに関して、知らぬ存ぜぬノータッチでいろとのお達しが。
話を聞いた全員が、思わず息を呑んだ。
 
「そんな話って、実際にあるのかよ!」
 
誰かの言葉に、場の空気が重くなる。
 
外圧に屈した警邏や防犯が、事件に対して傍観を決め込む。
ブックデータのお話ならよくあるが、現実に自分の生きる世界の話だ。
みなの心に、官憲への疑心が芽生えたとしても、仕方ない話である。
 
「イズモ! たのむ。次の手を!」
 
ガンテツの言葉に、イズモは大きくうなずいた。
 
「リョウジとゲン。ふたりは環状の内外を回って、モビルを見つけてくれ」
「わかった。モビルの写ってる写真を、携帯に転送してくれ」
「見つけたら追わずに、その場で連絡だ。行き先がわかりそうなら、それも」
「了解! リョウジ、出るぞ!」
 
モータサイクルにまたがった二人は、あっという間に走り去ってゆく。
 
「それから、ガンテツさん! 道路皇団の友人がいましたね?」
「おう、今日は仕事してると思うが?」
「ツナギをつけてください。今日動ける人を、紹介してもらうんでもいい」
「わかった、任せろ!」
 
ガンテツは胸を叩いて、携帯を取り出した。
そこでようやく、ほっと息を吐き出したイズモは、皆に向かって肩をすくめる。
全員の視線が自分に集まったところで、おもむろに。
 
「他のみんなは、ちょっと小銭を出してくれ」
 
首をかしげながら財布を出す面々に、イズモは晴れ晴れと叫んだ。
 
「じゃ、とりあえず、販売機でドリンクを買ってもらおうか」
 
 
 
第五話へ続く