整骨院に入ってくるなり、ダチが言うんですよ。
「ライコランドの掲示板で、1万キロの92(キューニー)NSRが26万」
爆弾情報です。
翻訳しますと、近くにある世界最大級のバイクパーツショップ「ライコランド」の、お客同士がコミュニケーションをとる、つまり、要らないパーツや単車を売り買いするための掲示板があるんです。メモ用紙をピンで止める、本物の掲示板ね?
そこで誰かが、走行距離1万キロの92年型ホンダNSRってバイクを、26万で売るよって書いてありました、つー話なワケです。
これはね、オオゴトなんですよ。
今更言ってもしょうがないんですが、「環境に優しくない」つー、単独で聞けばそうかもねと思えるけど、ディーゼルエンジンだの、もっと言っちゃえば戦闘機のエンジンだののコトを考えると微妙にうなづけない理由によって、2サイクルエンジンの単車ってのは絶滅寸前なんです。要はもう、作られないんです。今あるだけ。
でね、そのなかでも92NSRというのは、最強のマシンだといっていいんです。市販レーサーを別にすれば、時代の仇花、400〜500ccの2サイクルビッグマシンと比べても、ストック(吊るしのまま)ならおそらくコイツが最速。
整骨院、湧きましたね。
俺とそのダチ、それに92に乗ってた俺の先輩の三人限定で。
と、すかさず横から、一緒に来たその彼女が
「ダメ、買わないよ」
「だからー俺が買うんじゃなくて、かみ先生に情報を持ってきたんだよ」
ウソです。間違いなく。
自分が欲しいに決まってます。ほっといたら、すぐ売れちゃうから、とりあえず俺に買わせて、そのあと彼女を説得し、俺から買い取るつー、遠大な計画に決まってるんですよ。
で、んじゃ乗らないのかといえば……う〜ん……欲しい。
俺の頭の中には、もう、2サイクルスポーツの、あの加速フィール、軽いから鬼のように効くブレーキ、ヒステリックな甲高い排気音が渦を巻きます。誘惑のビッグウェンズディ(サタディだけど)が怒涛のごとく押し寄せます。
買うや、買わざるや。
そこで件(くだん)の彼女がヒトコト。
「ウチ、3万円以上の買い物は、二人の合意がなくちゃ駄目なんです。私は欲しくないから、買っちゃダメ」
ああ、その瞬間、思い出されてくるのは、我が家の鉄の掟(おきて)。
「1万円以上は、要、嫁の許可」
「3万で、しかも合意」なんていう民主的なルールじゃありません。
「1万で、しかも一方的な採決待ち」まさに封建社会。
恐怖政治です。ファッショです。
頭に浮かんだ嫁の額に、ナチスの鍵十字、ハーケンクロイツが浮かんでいるのが見えます。その向こう、彼岸のかなたへ消えて行く92NSR。聞こえるのはニーチェの乾いた笑い声。
「神は死んだ」
ものすげえ後ろ髪引かれつつ、俺はNSRをあきらめます。
もうすぐVTXの車検だし。
帰り際、彼女がぷんすか頬を膨らましているにもかかわらず、ダチは身体をくねくねと身もだえさせながら、ブツブツつぶやきます。
「あ〜、大チャンスなんだよなぁ。もう、これから先、こんないい出物はないんだよなぁ。あ〜、売れちゃうだろうなぁ」
その動きは、まさにイカ食った猫。
腰抜け、腑抜け状態です。
「んじゃ、お大事に〜」
つー俺の言葉も、届いているのかいないのか。
ん〜、ひとつ予言しておこうかな。
君、買うね。きっと。
追伸:
明日の日曜日夕方、JR大塚駅のそばのライヴハウス「CAVE(ケイヴ)」で、弟のバンド「T.O.M」のライヴがあります。よかったら来るといい。ボウズ頭の右耳に四連ピアスでぎゃあぎゃあわめいてる男が俺なんで、声かけてくれれば、ドリンク代500円だけで入場できます。一緒に騒ごう。