笑ってる?

創作サイト【神々】の日記

モーターデストラクション(1)

 
モータードライブ
モーターブルー
前作は↑ここから
 
 
【注意】モータードライブ、モーターブルーを読んでから読め【懇願】
 
 
ひび割れた舗装の隙間から、雑草が顔を出している。
南風が雑草を揺らし、そのまま皇都へ向かって吹きぬけてゆく。
もちろん、皇都天幕(ドーム)の姿は、ここからでは見えない。
 
目の前に出てきた山々を眺めながら、イズモはのんびりと走っていた。
 
「あれが白鳳霊山か。山と言うか、山脈なんだな」
 
独り言ちたあと、メインモニタに目をやる。
バッテリインジケータは45%ほど。あと150キロくらいはチャージしなくても走れるが、このままだとバッテリが上がったところで日が暮れる。しかも山の中だ。皇都のようなチャージスタンドは望めない。
 
「どこかで早めに一泊して、太陽発電チャージしておこう」
 
とは言っても、街道は荒野の中を走っている。
ときどき、ポツポツと民家らしきものは点在するのだが、それが住居なのか、作業小屋のようなものなのか判然としない。イズモは勝手に皇都を離れた違反者の身分だから、トラブルになるのは困る。
 
家令の西茨城が荷造りを手伝ってくれた中に、野宿の準備はある。
経験はないが、出発前に調べてきたので、知識も一応ある。
モータサイクルのA.I(電脳)も、野宿の方法くらいは知ってるだろう。
 
「今夜は、野宿だな」
 
すこし心細い思いをしながら、イズモはアクセルを開けた。
 
 
 
やがて、道が左右に曲がり始める。
山越えに入った証拠なのだが、退屈な直線に飽きていたイズモは、単純にその変化を歓迎した。帝都高速のような広くてハイスピードの道ではないし、路面もひどく荒れているが、それでも真っ直ぐよりは楽しい。
 
ブレーキをかけると車体が一気に減速。
ABS(アンチロックブレーキシステム)のインジケータがチカチカ光る。
 
「うわ、もうロックしてるのか。丁寧に乗らないと転んじゃうな」
 
路面の悪さを改めて実感しながら、車体を寝かせる。
モータサイクルが旋回をはじめると、M.A.Iが自動でサスペンションの硬さを調整する。カーブの出口でアクセルを開けると、トラクションコントローラーが適切な駆動力を後輪に伝える。
ツッツッツと小さく後輪を滑らせながら、イズモのマシンが立ち上がる。
直線にはいると、見る間に速度を上げるモータサイクル。
 
「うーん、もっと広くて綺麗な道がいいなぁ」
 
多少ラフに扱っても、完全に電子制御されているので、走りが破綻することはない。だが、それでもコレだけ狭く曲がりくねった道では、モータサイクルのパワーを発揮することが出来ず、イズモはすこしイラつく。
帝都高速の広くて綺麗な道を懐かしく感じつつ、せまい峠道を駆け上っているイズモの耳に、初めて聞く、爆発のような連続音が聞こえてきた。
 
「お、もしかして?」
 
バックモニタに視線を移すと、どうやら予感が的中したようだ。
青白い小さな光が、ぽつりと光っている。
皇都を出てから初めて出会う、外郭世界のモータサイクルだ。
 
どるるん! どるるるるるっ!
 
聞きなれない、爆発するような内燃機関の排気音。
モニタ越しにも、ライトがぶるぶる震えているのが判る。
そしてその光は、見る見る近づいてきた。
 
「よーし、内燃機関の力ってのを、見せてもらおうじゃないか」
 
ヘルメットの中でニヤリと笑ったイズモは、自分の内側からわいてくる期待に胸を膨らませながら、アクセルを開けた。同時に彼のモータサイクルが、その意思に応えて音もなく加速する。
 
ちょうど直線が終わり、次のカーブに差し掛かった。
目のすみに捉えたモニタ内で、ライトが下を向くのを確認。
 
「なんだ、もうブレーキングか」
 
それほど速くないのかな、と思いながら、たっぷり二拍おくれて、イズモもブレーキング。ABSインジケータを光らせながらカーブの半ばままで進み、そこからブレーキレバーを離して加速。
コントロールされたリアサスペンションが、しっかり地面を捉える。
車体を起こしながら、ちらっとバックモニタを見たイズモは。
 
「え?」
 
小さな困惑の叫びを上げた。
先にブレーキを掛けた、はるか後ろにいるはずのライトが、すぐ近くまで迫ってきている。軽く混乱しながら、直線でアクセルをワイドオープン。加速に反応したA.Iが、フロントのリフトを抑えながら車体を前へ押し出す。
モニタの中で、見る見る小さくなる後ろのライト。
 
「どうなってる?」
 
もちろん答えるものもなく。
道は中腹を超えて、ますます荒れ、曲率を増やしてゆく。
イズモは手元の切り替えスイッチを押して、クロスモードへ入れた。レースモードから、屋内や狭い平地で行なう「運転技術競技」のためのモードに切り替えたのだ。出力を抑え乗りやすく、狭い走路で威力を発揮する。
が、その切り替えに一秒ほどを要し、その間に彼我の差が詰まる。
 
「よし、ここからが本番だ」
 
気合を入れたイズモは、モータサイクルにムチをいれた。
 
 
 
先ほどに比べると、明らかにマイルドな出力になった愛機は。
スムーズにカーブへ飛び込んでゆく。狭く急激なカーブを、さっきよりクイックに曲がり、そのまま直線へ出たところで、ちらりとモニタを確認する。後ろのライトは、しかし、やはりべったりと張り付いている。
 
と。
蛇のようにくねくねと曲がった場所に差し掛かったところで。
後ろのモータサイクルが、すすっと横へ並んだ。
ブレーキング勝負と言うほどきつい曲がりではなく、先が見通せる程度の曲がりだったので、すこし油断していた。並んだ機体はそのままほとんど減速をせずに、カーブへ向かって突っ込んでゆく。
 
二台はくねった狭い道を、ランデブーするかのように併走する。
やがてくねくねが途切れ、大きく右へ曲がりこんだカーブが見えた。
相手が内側になるので、イズモはすこし不利だ。
 
「だが、ブレーキングは向こうの方が早いはず」
 
そう見当をつけて、ブレーキレバーに指を掛けたまま我慢。
ところが今度は、相手が一向にブレーキを掛けない。ギリギリまで我慢したあと、イズモはガシっとレバーを握る。イズモが下がる形で、彼我の差が開いた。相手の機体は、そのまま右カーブへ突っ込む。
その途中でようやく、相手のブレーキランプがついた。
 
「さすがに、それはムリだろ?」
 
目の前の機体が左へふくらむのを予想していたイズモは。
そこでまた目を見張った。
一瞬だけブレーキランプを光らせたその機体は、次の瞬間、くるりと向きを変えて、何事もなかったかのように立ち上がっていったのだ。もっとも、直線部分では遅いので、置いて行かれる事はない。
イズモは後ろについたまま、前の機体を凝視している。
 
次のカーブ、今度は早めにブレーキランプが点灯する。
しかし、予想より速度を落とさず、そのまま突っ込んでゆき。
次の瞬間、くるんと向きを変えて立ち上がる。
 
カーブの入りから出口までで、スパッと差が開いた。
 
短い直線で何とか追いつくが、道はますます険しくなり、曲がりもどんどんキツくなり、アクセルの開けどころが少ない。そして前をゆく乗り手は、今までに会った誰とも違う、奇妙で理屈に合わない走り方をする。
 
イズモはすっかりアツくなり、アクセルを握る手に力が入る。
道はいよいよカーブばかり、節操のないレイアウトになってきた。
直線がほとんどないので、じわじわと相手が離れてゆく。
 
その事実は、多少なりともイズモの自信を傷つけた。
 
やがて峠を登りきったのだろうか、道が平坦になった。
カーブの先が大きく開け、抜きやすい広いスペースが広がる。
しかし、イズモはアクセルを開けることが出来なかった。
 
直線で抜くことを恥ずかしいと思うわけではない。
もう少し、後ろについて走りを見たいと思ったのだ。
自分の知らない理(ことわり)を、知りたいと思ったのだ。
 
ところが前をゆく機体は減速し、道端の駐車場へ入っていった。
すこし残念に思いながら、しかし、その倍もの期待を持って。
イズモも、あとへ続いて駐車場へ。
 
 
 
そこは、やけにだだっ広い駐車場だった。
建物らしきものはなく、中央に小さな天幕が張ってあるだけ。
その天幕の横に、例のモータサイクルが停まっている。
 
イズモがそばへ車体を寄せると、相手はこちらをちらりと見る。
それから停脚(スタンド)を出して、車体を寄りかからせ。
左手をハンドルの下へ伸ばして、鍵(キー)をひねった。
 
にぎやかだった内燃機関が停止して、あたりに静寂が訪れる。
 
「その鉄馬(うま)、電動なのか?」
「は?」
「電気発動の鉄馬だろう? どこで手に入るんだい?」
 
庇(ひさし)のついた、口先の長い、妙な形のヘルメットを脱ぎながら。

顔をしわだらけにして笑いつつ、男が話しかけてきた。
あっけに取られたイズモが黙り込んでいると、男は構わず話を続ける。
 
「それにしても速いな。電動の鉄馬でそんな速いのは初めて見た」
 
背はイズモより頭ひとつ低く、その代わり横はがっしりと大きい。その身体に樹脂製のプロテクターらしきモノをつけているので、余計にゴツゴツして見える。手足も短く、山猪(やましし)のような印象だ。
 
(ベニマルに似てるな)
 
イズモが、実家の厩番頭(うまやばんがしら)を思い出していると。
男は、長いざんばら髪を両手でひっつめながら、近づいてきた。
年齢がよくわからないが、近くで見るとそう若くもないようだ。
 
「そんなに力のある速い電動は、初めて見たよ。すごいな」
「ど、どうも……あの……電動って?」
 
イズモの言葉に、男は一瞬、言葉を失う。
それから一歩後ずさると、イズモを上から下まで眺めだした。
ジロジロ見られるのに嫌気が差してきたころ、男はようやく口を開く。
 
「なるほど……貴族さまの家出か……」
 
いきなり正体を見抜かれて、イズモはまた絶句。
男は構わず、話を続ける。
 
「なんで判ったかって? 皇都を出られる人間は限られてるからな。制服も着てない、こっちの言葉も知らないとなれば、まあ、貴族さまの『冒険』だと相場が決まってらぁな」
 
「冒険」の部分に、バカにしたようなアクセントがあった。
大いなる決心をして出発したイズモとしては、ちょっと反発したくなる。
さすがにケンカ腰にはならなかったが、不満が表情に出たのだろう。
 
男はにやりと笑って、からかった。
 
「まあ、そう怒るなって。皇都へ戻る気はないんだろう? なら、これからおまえの身に起きることは、出発前に想像してたヤバさなんてハナで笑えるくらい、激しいものになるんだから」
「どういうことです?」
 
機先を制されて拍子抜けしながら、イズモは話を促(うなが)す。
 
「だっておめ、いちおう犯罪者になるわけだろ? 皇都ってのは、中に居る分には暮らしやすいそうだが、外の人間にはむちゃくちゃ厳しいんだぜ? そんでもって、この辺に暮らす人間は、その皇都よりもさらに厳しい」
 
男はイズモのモーサイクルをあちこちから眺めつつ、話を続ける。
 
「おまえが合法的にここに居て、貴族だって胸を張るなら、そらぁみんな膝を折る。だけど犯罪者の流れ者だってんなら簡単に殺されるぜ? どこの村だって、犯罪者をかくまって皇都の連中ににらまれたくないからな」
 
なるほど、男の言うことは、言われてみればもっともだ。
見解の甘さを恥じながら、イズモは男に申し出る。
 
「この世界のことを、もう少し教えてもらえませんか?」
「その鉄馬に乗せてくれるなら、かまわねぇよ」
「……このモータサイクルに……ですか」
 
イズモたちが皇都から出ることを禁じられる理由。
そのひとつが、「技術の流出を防ぐ」ためだ。皇都とその外郭では、技術に百年以上の開きがあると言われている。ウカツに技術をもらせば、外郭世界に混乱を引き起こすことは容易に想像できる。
そのため外郭に与える技術は、皇都側が慎重に選定するのだ。
 
イズモのモータサイクルは、男が驚いていたように、「まだ、この世界にあってはならない技術」のカタマリである。もし男にモータサイクルを乗り逃げされたら、イズモはただの脱走者から、凶悪指名手配犯となってしまう。
その場合、イズモを追う警邏の「本気度」がまるっきり違ってくる。
 
イズモが黙ったまま考え込んでいると、男は肩をすくめた。
 
「俺が乗り逃げすると思ってるなら、それは俺に対する侮辱だぜ? 悪いがおまえの鉄馬がどれだけすごくたって、俺の鉄馬とは比べようがない。こいつを置いて逃げるなんてこと、俺は絶対にしねぇよ」
 
第一、俺の方が速かったじゃねぇか、と付け加えて男は笑う。
確かにその通りではあるし、男の言い様があまりにアッケラカンとして明るかったので、イズモは悔しくなるよりも、思わず笑ってしまった。M.A.Iを立ち上げ、音声入力で個人ロックを解除する。
 
「ゲストモード30分。モニタに残りタイムを表示」
 
メインモニタに時計が表示され、カウントダウンが始まった。
イズモは男に向かって笑いながら、「どうそ」と促す。
男はうなずくと、おっかなびっくりモータサイクルにまたがった。
 
「これで出力筒を回せば走り出すのか?」
「出力……ああ、アクセルですね。そうです、ひねるだけです」
「液動(液燃発動)の音がしねえってのは、なんとも奇妙だな」
「気をつけてください。30分で動かなくなりますから」
 
イズモの言葉に、男は驚いてきょとんとした後、納得して笑った。
 
「なるほど、かっぱらっても乗れないのか。よく出来てるな」
「モードはクロスになってますから、穏やかな特性になってます」
「なんだ、せっかくだから最強で乗りたいな」
「……まあ、いいでしょう。モードチェンジ、レース」
 
メインモニタが一瞬、モード切替を表示したあと。
最初のカウントダウン画面へ戻る。
すると男は、困惑した表情でイズモに聞いた。
 
「これ、断続桿(クラッチバー)がねぇんだけど?」
「なんです、それは?」
「……ああ、そうか。電動だから一速で全部こなすのか」
「……?」
 
男は一人でうなずくと、ヘルメットをかぶる。
 
「変わったヘルメットですね。なぜ、そんな形をしてるんです?」
「ヘル……ああ、緩衝帽か。皇都にはねぇの? ま、あとで教えてやるよ」
 
言い放つと、おもむろにアクセルをひねった。
モータサイクルは音もなく、するりと加速し始める。
「おぉ!」と感嘆の声を上げて、男は走り出した。
 
男の背中を見送ると、イズモは彼のモータサイクルへ近づく。
またがってみたいのだが、先ほどの男の調子からすると、かなり大切にしているようだ。イズモの愛機に乗ったのは、あくまで「外郭世界の情報と引き換え」だから、彼のマシンにまたがるのは筋違いだろう。
そう判断して、各部を眺めるだけにしておく。
 
とにかく興味があるのは、内燃機関と呼ばれる動力装置だ。皇都にはない、液燃と呼ばれる燃料を爆発させて動く機械は、思ったよりずっと大きく、イズモには用途の見当もつかない、パイプやコードがたくさん出ている。
 
「さっき聞いた限りでは、思ったよりやかましくなかったな」
 
つぶやきながら観察すると、西茨城に教わった知識のおかげで、多少の見当はついてきた。なるほど、爆発で出た排気をこのパイプで外に出すのか。この箱のようなものは、その消音装置かな。などと眺めていたら。
男がモータサイクルとともに帰ってくる。
時間にはまだ早いようだが? と思っていると。
降りてきた男は肩をすくめてつぶやいた。
 
「なんでもかんでも、馬がやってくれるんだな。便利かも知れんが……」
「好きにはなれませんか」
「ヒトの馬にケチつける趣味はねぇよ」
 
男はイズモのマシンから降りると、自分の愛機に目を細める。
 
「俺はやっぱり、こいつがいいや」
「それで、さっき言ってた断続……なんとかって言うのは何です?」
 
せかすように聞くと、男は目を丸くしてイズモを見る。
それから、大口を開けて盛大に笑い始めた。
きょとんとしてるイズモの肩を、ばんばんと叩きながら。
 
「おまえ、面白いな。冒険に来たこの世界の情報よりも、鉄馬の構造の方が気になるのかよ! 気に入ったぜ。今日はもう日が暮れるから、ここで野営しながら酒でも呑んで話そうじゃねぇか」
 
イズモがうなずくと、男は満足そうにうなずき返して、自分の天幕にもぐりこんだ。イズモもバッグを下ろし、中から野営の道具を出し始める。皇都にそんな物は売ってないので、西茨城のを借りたのだ。
 
イズモが引っ張り出したモノを見て、男がまた笑う。
 
「へえ、ずいぶんと古い天幕だな。誰かのおさがりかい?」
「ええ……父親のものです」
「へぇ、親父さんもこっちへ来たことがあるんだな。似たもの親子か」
 
イズモにとって西茨城は、単なる家令ではなく、父親のような存在である。もちろん血が繋がっているわけではないが、ずっと一緒に暮らしてきたのだから、本当の父親より、西茨城に家族愛を持つのは当然だった。
 
似たもの親子と言われたことが、思いのほかうれしくて。
イズモはニコニコしながら天幕を張った。
男は天幕から取り出した道具を、せっせと組み上げている。
 
天幕を張り終わって一息つくと、イズモは男を振り返った。
すると男はすでに道具を組み上げていた。軽合金の棒を三本組んで脚にし、その上に目の細かい金網を張ったその道具の上に、天幕のそばに積んであった木片や枝を乗せている。
どうやら、組み立て式の焚き火台らしい。
 
「陽が落ちると、一気に冷えてくるからな」
「ああ、そうだ。陽が落ちる前に、充電しなくちゃ」
 
そう叫んだイズモは、バッグから折りたたみ式の太陽電池を取り出す。超高効率の太陽発電パネルを展開すると、1メータ四方ほどのそれを、モータサイクルの上に乗せて、傾いた太陽光にあわせる。
 
「そんなんで充電できるのか? やっぱり皇都の技術はすげぇな」
「ボクの装備に関しては、どうか口外しないでくださいませんか?」
「大丈夫だよ。話したって誰も信じねぇから。だが、わかった」
「ありがとうございます」
「そんなことより、火が起きた。とっとと呑もうぜ」
 
 
 
軽合金と布で出来た、組み立て式のイスに座り。
ふたりは炎をはさんで向かい合う。
イズモは酒を持っていなかったので男に分けてもらった。
代わりにドライフルーツを糧盒(りょうごう:カップ)へ盛って男へ渡す。
 
「そういや、名前がまだだったな」
「イズモです……三輪イズモ」
 
とたん。
 
男は大きく目をむいてたあと、爆発したように笑い出した。おどろいて男を見つめるイスもにはかまわず、しばらくの間、腹を抱えて転げまわる。たっぷり一分ほど笑ってから、男はようやく口を開いた。
 
「いや、悪い悪い。こんな偶然ってのはあるんだなぁ」
「何がです?」
「俺さ、メンドーなコトに巻き込まれたとき、貴族の住所と名前の書いてあるニセの操縦証を出して警邏(けいら)を黙らせるんだけどさ。そのとき使う名前ってのが……三輪なんだよ、がははははっ!」
 
まったく悪びれることなく、三輪の名前を騙(かた)ったと話す男に、イズモは驚くやら呆れるやらで、思わず一緒に笑い出してしまった。男はニセの操縦証を取り出すと、イズモに放ってみせる。
 
「ははは、ホントだ。三輪ライデンって書いてある。で、本当の名前は?」
「ライデンは本当だ。姓は防人(さきもり)。大森林(だいしんりん)との境を守る、防人の家の人間だからな。おまえら貴族と違って、俺たちの姓はそのまま生業(なりわい)を示すんだ」
「すると、職業を選択することは出来ない?」
「いや、家を継がないで、他の家に養子つー名目で『弟子入り』するヤツもいるよ。特に次男三男なんかは、生家で兄貴にこき使われるよりは、跡継ぎのいない家に養子入りする方が大切にしてもらえるし」
「なるほど、その辺はボクらと変わらないんだな」
 
話にうなずきながら、いつの間にか長年の友人のように話していることに気づいて、イズモはそんな自分に驚く。しかし、それは決して不快な驚きではなかった。むしろライデンと過ごすこの時間が、やけに心地よい。
 
「それで、さっき言ってた断続ナントカっていうのは?」
「あはは、気になって仕方ねぇんだな。断続ってのは……」
 
炎を囲んで、ライデンのくれた強い蒸留酒を呑みながら、クラッチの構造と役目の話に目を輝かせる。電磁モータと液燃発動(エンジン)の違いについての色んな話は、いくら聞いても飽きない。
 
「すると、最大出力やトルクの出る回転は、ある程度、決まってるんだ?」
「電動はすごいな。イキナリすげぇチカラが出るから、驚いたよ」
「それにしても、ABSやトラクションコントロールがないってのは驚いた」
「そう言われても、こっちじゃそれがアタリマエだからなぁ」
 
長いことエンジンや操縦について語り合ったあと。
いつの間にか話題は、皇都と外郭世界の違いになっていった。
そしてそこから、例の夜(モーターブルー参照)へと流れてゆく。
 
「んじゃ、なにか? おめ、その事故がきっかけで神様とモメたってのか? そらまた、ずいぶんと剛毅な話だなぁ。貴族なんてのはみんな甘ったれたモヤシだと思ってたが、どうやらイズモ、おめぇは毛色が違うらしい」
「ははは、ありがとう。でも、この世界じゃ確かに、まだまだモヤシだよ」
「いや、貴族にたてつく連中は、俺も含めて少しはいるけど、さすがに神様に噛み付くヤツはいねぇよ。ま、その前に俺ら、神様なんざ見たことねぇけどさ。神様ってやっぱ、光ったりカミナリ落としたりするのか?」
 
さすがに、「皇家も本当は人間なんだ」とは話せず、あいまいに笑う。
 
「それより、この世界のコトを、もう少し聞かせてくれない?」
「う〜ん、そう言われても、どっから話せばいいかな。俺、バカだし」
「そうだなぁ。それじゃあ、質問に答えてくれるかな?」
「ああ、いいよ。でも、あんまし難しいことは聞くなよ?」
 
というわけで、外郭世界のレクチャーが始まる。
 
「聞きたいことは、歴史、地理、人口、禁忌、あとは……」
「まてまてまて! イキナリ難しいコト言ってるじゃねぇか!」
「神話は僕らと同じ? 天孫降臨(てんそんこうりん)って知ってる?」
「皇家の祖先が、空から降りてきたって話か。知ってるよ」
 
数百年進んだ文明を持って、星を離れていた連中が帰ってきた。
空から降りてきた宇宙船に乗っていた彼らが、皇家の先祖である。
そういう意味では、神話の内容は正しいとも言える。
 
「つーかよ、難しい話をすんなつったろ! もっと普通のこと聞けよ」
「あはは、ごめん。それじゃ、ライデンは何歳なの?」
「おっと、イキナリ普通だな。俺ぁ40過ぎだ。人生後半ってヤツだな」
「よ……よんじゅっさい?」
 
イズモは目を剥(む)いて聞き返す。
せいぜい10歳かそこら年上なだけだと思っていたからだ。
まさか倍ほども違うとは思ってなかったので、唖然として言葉を失う。
 
「で、イズモ。おまえはいくつなんだ?」
「に、23歳……です」
「なはは、やめろよ。馬に乗るなら歳は幾つでもダチだ」
「え、あ、ありがとうござ……ありがとう」
「つーか、貴族は老けて見えるよな。あれ、なんでなんだ?」
 
こちらが聞きたいと思ったが、聞いても明確な答えは返ってこないだろう。
イズモは気を取り直して、ライデンに質問を続ける。
 
「ライデンはサキモリなんだよね? なんでこんな皇都の近くにいるの?」
「いや、俺は防人じゃない。好き勝手に鉄馬またいで走ってる」
「次男坊か三男坊だから?」
「いや、長男坊だ。親父は死んで、家は弟が継いでる」
「そういう場合もあるんだ」
「普通は長男だけどな。俺は村を追われたから、家は継げないんだ」
 
複雑な事情があるのだろう。
これ以上、突っ込んだ話しはやめておこうと思っていると、ライデンの方からイロイロしゃべりだした。ガラの悪い見てくれのわりに、人なつっこくて話好きの性格らしい。
 
「俺が村を追われたのは、悪い連中とつるんでるからさ」
「悪い連中? 犯罪者の組織にいるとか?」
「犯罪者ったら、おまえだって犯罪者じゃねぇか」
「あ……そう言えば……いや、違反者くらいだと思うんだけど」
 
華家の身分で(正確には現在、イズモは準華だが)、許可なく皇都を飛び出した以上、官憲に追われる身である事は間違いない。そのことに後悔はないが、改めて指摘されると、身が引き締まる気がする。
 
「犯罪者じゃあねぇよ。鉄馬に乗って、好き勝手に生きてる連中さ」
「まあ、皇都周辺で、犯罪組織が存続するのはムリだろうけど……」
「むしろ街の連中より、よっぽど規律正しいぜ? バカだけど」
「じゃあ、なんで村から追われるの?」
 
イズモの言葉を聞いて、ライデンは忌々しそうに顔をゆがめる。
 
「俺達がハッキリしてねぇからだ。故郷、家を離れたハグレモノだから、出自がハッキリしねぇ。んで、好き勝手にやってるうえ、山の中に住んでて総数もハッキリしねぇ。そして目的もハッキリしねぇからだよ」
「出自、総数、目的がわからない組織……確かに、それは怖いねぇ」
「実際はなんてことねぇんだが、街や皇都の連中は、それがイヤなんだ。人間ってなぁさ、解らないものは怖いし、怖いものは排除したがるんだよ。俺たちは誰にもメイワクかけねぇで、ただ好きにやってるだけなんだが」
 
ライデンの雰囲気からして、生真面目な人間の集団ではないだろう。
そんなクセのありそうな連中が集まって、モータサイクルを乗り回し、好き勝手にやっているのなら、それは確かに周囲のコミュニティへ不安をあたえるかもしれない。
そこでイズモは気づいた。
 
ライデンたちは、皇都にいる自分の仲間、「夜棲(やすみ)」と同じなのだ。
 
モータサイクルやオートモビルが好きで。しかも、安全なサーキットで技術を競うのではなく、それぞれひとりひとりで夜の帝都高速を駆け抜ける快感に魅せられて。あの、独特の空気を吸いたくて。
夜な夜なパーキングに集まる、あいつらと同じなのだ。
 
皇家によって失われた、あの世界を思い出し。
イズモはしばらく、思いにふける。
すると、その変化に気づいたライデンが、やさしい声で言った。
 
「なんとなく、解るか?」
「うん。キミらとは違うけど、ボクにもそういう世界があった」
「へぇ、そりゃぁ幸せなことだ」
「思い出したよ。もう、無くなってしまったけど、ボクにも愛してた世界があったんだ。仲間がいて、同じものを見て、同じことに笑ったり怒ったり出来た、宝石みたいな時間が」
 
イズモが哀しそうにそうつぶやくと、ライデンは肩をすくめる。
 
「俺はあいつらを仲間なんて思ってないけどな。メンドくせぇ。あいつらといるのは、どいつも独りで生きられて、誰にも寄りかからないからだ。ヤツラぁ10人いても『総勢10人の集団』じゃなく、10人の個人なんだよ」
「言いたいことはわかるよ。ボクの『仲間』ってのも、そんな風に、自分に起きたことを誰かのせいにするヤツラじゃ……あ、そうか。ボクはあの事件を女王のせいだと責めてた……いつのまにか……」
 
女王のせいにすることで、いつの間にか怒りの矛先を転嫁していた。
そのことに気づき、イズモは愕然とする。
違反行為をしていたのは自分もじゃないか。いずれ官憲の手が入る可能性も、わかっていたじゃないか。永遠に続くわけないなんて、最初から知ってたじゃないか。たまたま、きっかけが女王だっただけじゃないか。
 
「うわ……ボク……最低だ……」
 
思い出して落ち込み始めたイズモに、ライデンは杯を差し出す。
 
「なにしたか知らねぇけど、やったことが最低なんじゃねぇよ。人間なんざ、誰だって、幾つになったって、やらかす時ぁやらかすんだ。大事なのはそのあとだろう? ドタマに刻んで、同じことを繰り返さなきゃいいんだ」
「そう……なのかな。ボク、ひどい態度をとっちゃったんだ」
「だったら、いつか皇都に戻りゃいい。戻ったとき謝れよ」
「でも、もう会えないよ。相手は皇家の姫様なんだ」
 
今度は、ライデンが目をむいて驚く。
 
「イズモ、おめ、すげぇな! 女神にケンカ売ったのかよ」
「いや、えーと……あれ? そういうことになるの?」
「知らねぇよ。おめぇが言ったんだろ。よう、おめぇ女神を口説いたのか?」
 
ライデンの能天気な質問に、思わず笑みがこぼれる。
この男の前だと、自己嫌悪さえ笑い話に出来るのか。
なんだか救われた思いがして、イズモは笑顔のまま聞いた。
 
「ねえライデン。ボクも君の仲間に会ってみたいな」
「仲間じゃねぇつってんだろ。ただのバカだよ、あいつらは。ま、会わすのは構わねぇよ。ヤツラも面白がるだろうしな。ただし、酒の肴になるのは、覚悟しとけよ? 悪ノリが酒呑んでるような連中だからな」
 
それもまた、夜棲の連中とにてるなと思いながら。
ふと思い立って聞いてみた。
 
「ライデン、ちょっと聞きたいんだけどさ。僕らの仲間っていうか、同じことをしてる連中は、普通のひとからみんなまとめて、『夜棲』って呼ばれてたんだけど、君らにはそういう呼び名はないの?」
 
するとライデンは、小首をかしげてしばらく考えたあと。
 
「ま、強いて言や……山賊……かな?」
 
 
第二話へつづく