笑ってる?

創作サイト【神々】の日記

モーターデストラクション(2)

 
第一話
 
イズモは困惑していた。
その内容をヒトコトで言えば、「思ってたのと違う」である。
そんな彼の目の前で、男がふたり、組み立て式のイスに座っていた。
 
ひとりは、実にぼうっとした雰囲気の男だ。
革製らしいツバの広い帽子をかぶり、燃炉に小さな鉄鍋を載せて、料理だか酒のつまみだかを作っている。出会いがしらにライデンが「大将」と呼んでいたから、彼がおそらく「山賊」のリーダーなのだろう。
だが、とてもそんな荒くれ者には見えない。
色白でのっぺりとした、どちらかと言えば皇家や華家にいそうな、貴族然とした顔立ちである。その顔が、ライデンに呼ばれた瞬間、ふにゃっと笑って崩れる。おとなしそう、ヒトがよさそうと言った印象しか与えない。
 
意外な印象なのは、もうひとりも似たようなものだ。
ライデンの、「よう、先生!」と言う呼びかけに、その男は、眉尻の垂れた、すこし困ったようにも見える表情でニカっと笑った。こちらも燃炉で、煮込み料理のようなものを作っている。
なんの「先生」なのかは、まったく不明だ。
身体を見れば、鍛えてあることは窺(うかが)い知れるが、如何(いかん)せん、表情に緊張感が全くない。ニコニコと「ナニがそんなに楽しいんだ?」と思わず聞きたくなるほど、穏やかな雰囲気で笑っている。
 
どちらにしろふたりとも、山賊や荒くれという印象からは、かけ離れていた。
 
「なにぼーっとしてんだ? そこらにイス出して座っとけよ」
 
ライデンに言われ、イズモははっと我に返った。
昨晩、酔った勢いも手伝って「君の仲間に会いたい」などと言ってしまい、朝になってちょっと後悔していたのだが、いざ会ってみれば、朝の緊張がバカバカしくなるほど、彼らは穏やかで呑気(のんき)だ。
安心半分、落胆半分で、イズモは天幕を張り始めた。
 
ライデンと出会った白鳳霊山から、山ひとつ越えた別の山中である。
 
 
 
「イズモくんはアレなの? やっぱり皇都から来たの?」
 
準備を終えて焚き火を囲みながら話しはじめるとすぐ、「大将」と呼ばれた男が、興味津々と言った表情で、瞳を輝かせながら聞いてきた。自己紹介もろくにしていないのに、と驚いていると、ライデンが笑う。
 
「おまえの装備で判るんだよ。すげぇ古いのと、見たこともない装置とを、あわせて持ってるんだ。誰だって、ここらの人間じゃないのはわかる。まして大将は、変った装備が大好きだからな」
 
説明したあと、続けて。
 
「言っとくけど、大将つったってイチバン偉いってわけじゃないからな? 俺らは組織じゃないから、命令系統も上下もない。ただ、この男を担いどくと、どういうわけか天気がいいから、半分冗談で大将に奉(まつ)ってるんだ」
 
天気の神様みたいなもんだよと、もうひとりの男が笑う。
その眉毛の垂れた男は、話しながら手元で長い猟銃を磨いていた。
ほんわかした顔に、黒光りする凶器がまったく似合っていない。
視線を感じた男は、ニカっと笑って銃をかかげる。
 
「おいらは守備と狙撃が役目なんだよ。万が一の切り札さ」
 
意味がわからずキョトンとしていると、ライデンがまた説明してくれる。
 
「狩りの時の役目の話だ。普段はひとり勝手に獲物を捕ってるけど、大物、たとえば山猪(やましし)だの、黒熊を狩る時なんかは、みなで協力する。そん時、八の字は狩頭の守りと、万が一のときの狙撃が役目なんだよ」
「は、八の字?」
「ああ、先生の呼び名だ。眉毛が八の字だろ?」
 
何の先生なのかと聞く前にそう言われ、イズモはますますわけが判らない。
するとライデンは苦笑しつつ、「まあ、おいおい教えてやるよ」と答え、糧盒に淹(い)れた茶をすする。その横から大将が、ふにゃふにゃ笑いながらイズモの装備を指差し、アレはナニ? これは? と質問してきた。
表情は、まるっきり子供のようだが、息は酒臭い。
そして厄介なことに(当然かもしれないが)、彼の興味を引いたモノが、ほとんど皇都でしか手に入らない、「ここにあってはならない」モノばかりだったので、イズモは返答に窮する。
するとライデンが、「教えてやンな」とニヤリ。
 
「酔っ払ってるから、どうせ覚えてねぇよ」
「えー、まだそんなに呑んでないよぉ?」
「ウソつけ。足元に空き瓶が、いいだけ転がってるじゃねぇか」
「それよりさ、いいよねぇ、イズモ君の鉄馬と装備。欲しいなぁ」
「また始まった。その物欲、どうにかしろよ大将」
 
大将とライデンの掛け合いに、先生がゲラゲラ笑っている。
イズモもつられて苦笑しながら、いろいろと説明してやった。
しかし大将は、説明の途中で舟をこぎ始め、やがて寝入ってしまった。
呆れてライデンを見ると、ほらな、と笑いが返ってくる。
 
イズモは先ほどの話で興味を引かれ、狩りの事を聞きたがった。
 
「大勢でやる狩りって、どんな風にするの?」
「協力するのは獲物がデカいときだ。二つの班に分かれて、一方が追い込み、もう一方が捕まえる。みんなに選ばれた狩頭がその指揮を執り、八の字が狩頭を守りながら、万が一のときは銃で獲物を倒す」
「最初から銃を使えば?」
「弾は貴重だからね。使わなくて済むなら使わないよ」
 
ライデンと八の字先生(イズモは脳内で、彼の呼び方をこう決めた)が、代わりばんこに答えてくれる。まだ陽が高いにも関わらず、すやすやと気持ちよさそうに眠る大将の横で、イズモはふたりから山賊のコトを教わった。
 
「狩りのふたつの班って、いつも決まってるの? ライデンは追いかける方?」
「あはは、ライデンは捕まえる方だよ。追い組はムリだね、性格的に」
 
笑って答える先生に、イズモは疑問を返した。
 
「ど、どういうことです? 性格で決まるんですか?」
「そうだよ。追い組は冷静で頭のいいヤツ、捕獲は野生的で荒っぽいヤツ」
 
慎重に獲物を追い詰め、狙った場所へ誘導するのが追い組。
だから、計画どおりに物事を運ぶ、冷静さと頭脳が要る。
追い込まれた獲物は、手負いだけに、何があるかわからない。
だから捕獲は、考えるより先に身体が動く、野生的な者がいい。
 
先生の言葉を整理すると、こう言うことらしい。
感心したイズモは、さらにつっこんだ事を聞いた。
本当を言えば、もっとも先に聞いておきたかった話。
 
つまり、「山賊とは何か」である。
 
 
 
彼らの話によれば、山賊と言っても、盗賊の類(たぐい)ではないらしい。
山に棲み、山と暮らす、野人のような連中である。
表記としては、「山族」の方が正しいかもしれない。
 
もっとも、考えてみればそれは当たり前のことだ。
本当に盗賊の類だったら、官憲が黙ってないだろう。
犯罪集団が長期に渡って存続できるほど、皇都は甘くない。
 
もともと山賊と呼び始めたのは皇都の連中だ、とはライデンの弁である。
 
もちろん幾人もいるから、中には時々、犯罪を犯すものも出る。
しかし、それは街でも皇都でも同じだ。
むしろ割合で言ったら、山賊の犯罪者の方が少ないくらいだろう。
正確に言えば、犯罪者は山賊の身内で裁いてしまうため、逮捕者が出ないのである。総数も出身も曖昧で、税のとりたてがひどく面倒な山賊は、ただでさえ皇都ににらまれている。
官憲を刺激して、自分たちの居場所を失っては意味がない。
 
そのため山賊は、むしろ街より厳しいほどの掟を守って暮らしているのだ。
彼らの愛する山と、そこに棲む自由を得るため。
自らを厳しく律して、その上で自由気ままに生きるのである。
 
「つっても普段は、それぞれ散らばってっから、案外、顔見ねぇんだけどな」
「ボクと先生は隣の山だから、よく会うけどねー」
 
いつの間にか目を覚ました大将が、話に割り込んでくる。
 
「あんだ大将、起きたのか」
「寝てないよー! ちょっと休んでただけ……あれ? 来たかな?」
 
大将が、キョトンとした顔をすると、首を伸ばして遠くを見た。
 
 
 
しばらく虚空を見つめていた大将が、うなずきながらつぶやく。
 
「うん、やっぱり来たみたい」
「あん? そうか? 八の字、おめぇ感じる?」
「いや、おいらもわかんないけど、大将が言うなら来るんじゃない?」
 
何のことやらわからないイズモを放って、三人は立ち上がる。
緊張だろうか、だれの表情も、先ほどより引き締まっていた。
と、次の瞬間、大将が大声で叫んだ。
 
「先生っ! あっちだよ!」
 
指差された先を見るイズモより早く、八の字先生の銃口がそちらを向く。
ぴたりとすえられて動かない銃口に感心してから。
あらてめて、指差された先に視線を向けると。
 
木々がガサガサとゆれ、ドドドドと地響きのような音が聞こえてきた。
 
すると、今度はライデンが行動を起こす。
手元にあった縄を肩にかけると、腰からナイフを引き抜き。
同時に、イズモへ向かって小さく叫んだ。
 
「イズモ、何があってもそこから動くな」
「え? あ、うん。わかった」
 
イズモの答えにうなずいたライデンは、突然、駆け出した。
すると八の字先生が、横を向いて大将に声を掛ける。
 
「この地形だと……大将、右からでいいかな?」
「はーい、それでいいよー!」
 
うなずいた八の字先生は、駆けてゆくライデンの背中へ怒鳴った。
 
「おーい、ライデン! 大将が右からー!」
 
振り向かず、片手を上げて答えたライデンは、走る方向を変えた。
そして、さらに加速し、見る見る遠ざかってゆく。
それを確認すると、八の字先生と大将がごそごそし始めた。
 
「さーて、あんまり大きくないといいなぁ」
「でもさ、大きい方が後々、楽じゃない?」
 
声は呑気だが、ふたりとも引き締まった表情だ。
 
イズモが息を呑んでいると。
木々の間から、黒いカタマリが飛び出し、一直線に駆けてきた。
遠くから見ても、その大きさが充分にわかるほど。
 
それは巨大な猪(シシ)だった。
 
体長にして七尺、皇都の単位で2メータ以上はあるだろう。
 
猪は、岩や木を避けながら、ジグザグに進路を変える。
前足を突っ張った次の瞬間には、飛ぶように曲がるので、目が追いつかないほどだ。とは言え、それはイズモだけのようで、八の字先生の銃口は、まるで機械仕掛けのごとく、猪にぴたりと追従していた。
 
そして大将は、いつのまにか大きな弓を構えている。
上下に滑車のついた、不思議な形の弓だ。
弓弦を引き絞ったまま、大将は彫像のように固まっている。
 
と。
 
ぶんっ!
 
なんの予兆もなく、矢が放たれた。
 
聞いたこともないほど、激しい風切音をうならせて飛び出した矢は。
そのまま吸い込まれるように、猪の身体に命中した。
そのときにはすでに次の矢がすえられ、引き絞られている。
 
びゅん! また放たれる。
 
次々と矢が放たれ、猪の身体はあっという間にハリネズミだ。
 
そこでようやく、イズモは驚嘆の声を上げた。
大将はただ撃ってるのではなく、猪を追い詰めるよう矢を放っていた。
本物の弓矢さえ初めて見たイズモにとっては、まさに神技である。
 
猪は体中を突き刺され、大量の血を流しながら。
矢によって進路をコントロールされ、徐々に速度を緩めてゆく。
追い込まれる先には、ライデンがナイフを抜いて待ち構えている。
 
それは幼児が大人につっかかっていくほど、絶望的な光景だった。
 
「いや、さすがにデカ過ぎるんじゃ……?」
 
イズモがそうつぶやく横で、先生が口を開いた。
 
「大きさはともかく、まだ、厳しいかな。もう少し弱らせないと」
「八の字先生! 早く撃ってください!」
「言ったろう? おいらはあくまで、万が一の備えなんだ」
「でも、それじゃライデンが」
 
心配するイズモに、八の字先生がニカっと笑いかける。
 
「まあ、みてなよ。ライデンと大将なら、大丈夫だから」
 
あごをしゃくって向こうを指すので、そちらへ視線を向けると。
ちょうどライデンが、猪の突進を躱(かわ)すところだった。
勢い余ってつんのめった猪に、またも大将の矢が突き刺さる。
 
ぎゃあぁぁぁぁっ!
 
猪が吼えた。
魂消るようなその叫びに、イズモの背中が粟立つ。
大将の放った矢が、猪の目に刺さったのだ。
 
「偶然だけど、いいところに当たったねぇ。これで大丈夫かなぁ」
 
のんびりと言いながら、大将はなんと、弓を仕舞いはじめてしまった。
驚いているイズモを尻目に、どっかりとイスへ腰掛けると、燃炉に大き目の鍋をかけて火をつけている。言葉を失ったイズモが視線を移すと、暴れながらも目に見えて弱ってきた猪へ、ライデンが取り付くところだった。
背中へ飛びついたライデンは、山刀(ナイフ)を後首に深々と突き刺す。
 
「ああ、終わったね。さすがにイッパツで髄(ずい)を取った」
「ずいをとった?」
「そう、あそこが髄って弱点なんだ。壊せばどんな大きい猪でも死ぬよ」
 
こともなげにそう解説した先生は、銃をおろして鉄馬に近づいていった。
 
 
 
八の字先生の鉄馬は、前後左右上下、どの方向にも巨大だった。
先生は割りと細身だから、本来なら頼りなく見えそうなものだが、鉄馬にまたがった姿は、やけに様(さま)になっている。感心して見つめていると、こちらを振り返った先生、またもにっこり笑う。
 
「イズモくん、一緒に来て。君の鉄馬もチカラがありそうだから」
 
反射的にモータサイクルへ飛び乗り、八の字先生のあとへ続く。
その先ではライデンが、事切れた猪の脚に縄を掛けていた。近づいた先生も、慣れた様子で鉄馬の箱から縄をとりだし、ライデンとともに猪をくくると、縄の反対側を自分の鉄馬に結び始めた。
そこでイズモも事態を把握し、モータサイクルを降りる。
 
「おまえの馬、縛るところ、あるか?」
「うん、ここならイケると思う。って言うかライデンすごいね」
「あ? ああ、猪のトドメか。みんなできるよ。すごいのは大将だ」
「ま、目に当たったのは偶然みたいだけどね。イズモ君そっち持って」
 
のんびりと会話しながら、ふたりはテキパキと作業を進めた。
やがて準備が出来ると、八の字先生とイズモのふたりが、自分の愛機で猪を引っ張って走り出す。ずるずると引きずられた猪は、さきほど話し込んでいた場所まで運ばれた。
と、休む間もなく、解体作業が始まる。
 
「早く内臓を抜かないと、臭(にお)い始めるからな」
 
さすがにイズモの手伝える作業ではなかったので、大将と交代して鍋の火の番をしながら、三人が猪を解体するさまを眺めた。内臓を抜かれ、手足をばらされ、七尺ほどもあった巨体が、みるみる切り分けられてゆく。
むせ返るような血の臭いが、清冽な山の中に広がる。
 
「すごい臭いだね。これで他の動物がやってきたりしないの?」
「あん? いや、大丈夫だ。猪の悲鳴を聞いて、近づく動物はいない」
「そのかわり、虫が飛んでくるけどね。とっとと済ませよう」
 
知識では知っていたものの、実際に動物を解体する場面など初めて見る。
イズモは軽いカルチャーショックを受けながら、それでもライデンたちの作業を興味深く見つめていた。残酷といえば残酷なのかもしれないが、彼らのひどく丁寧な作業ぶりには、獲物に対する畏敬があるように感じられる。
皇都で食通ぶっている華家や士家の言葉が、薄っぺらに思えた。
 
彼らの所作のひとつひとつに、「命をもらう」敬虔さがあった。
 
 
 
ひと通り解体し終わると、今度は切り出した肉の加工になる。
今すぐ煮たり焼いたりする分だけを取り除け、残りは燻製にするというので、イズモもその作業を手伝った。大将や八の字先生が丁寧に教えてくれたので、すべて終わるころには、イズモもそれなりに力となれた。
 
それから、みなで焚き火を囲み、猪を食いつつ話をする。
作業をするうちにずいぶん陽も傾き、そろそろ夕方に近い時刻だ。解体作業で酒が抜けてしまった大将を筆頭に、みな、自分の荷物から酒瓶を取り出して、それぞれ好き勝手に呑(や)りはじめている。
イズモも酒を分けてもらって、大笑いしながら楽しく呑んだ。
 
と。
 
またも大将が、きょとんと顔を上げる。
 
「あれ? 珍しいな」
「今度はなんだ? 獲物ならしばらく……ああ、誰か来たんか」
「あの音は、ショウキだね」
 
問う間もなく、液動(液燃発動)の排気音が聞こえてきた。
やがて八の字先生のと似たような、巨大な鉄馬が姿を見せた。
路面の凹凸をものともせず、山道をぐいぐいと登ってくる。
 
「ショウキがあんなに飛ばすのは珍しいな。猪の匂いでもかぎつけたか?」
 
ライデンの言葉にみなが笑っていると、やがてその鉄馬が到着した。
乗っていた男は、ヘルメットを取るのももどかしげに、飛び降りる。
駆け寄りながら声を出そうとして、ふいにギクっと足を止めた。
 
「ようショウキ! 今、猪を獲って食ってるんだ。ショウキも……」
「ライデン、ちょお、こっちきて」
「あん? どうした?」
 
立ち上がったライデンは、ショウキと一緒に彼の鉄馬のところへゆく。
なにやら小さな声で話し込んでいるが、こちらまでは聞こえてこない。
イズモと八の字先生、大将は、それにかまわず酒宴を続ける。
 
「ショウキさんも、山賊なんですか?」
「そうだよ。西の山に住んでて、ちょいちょい顔を出すんだ」
「あそこは山二つ越えれば国境だから、こっちはあんまり行かないけどねー」
「国境外の連中は、おいらたちの常識が通用しないからねぇ」
「蛮族なんだ。動物みたいな連中だよ。人間だと思っちゃいけない」
 
国境を越えれば帝国外、文化も習慣も言語も、まったく違う。
実際、科学的に言えば、DNAからすでに「違った人種」であった。
そしてなにより、神が違う。
 
もっともイズモにとっては、外郭地域がすでに、今までの世界とは別物だ。
 
そこに住む彼らに、「違う」と言われても、あまり実感がわかない。
ただ、すごい弓の腕前とは言え、のほほんとした印象だった大将が。
帝国外の話になったとたん、キツい言葉を発するのが印象に残った。
 
と、ライデンがイズモを呼ぶ。
 
「イズモ、ちょっとこっちへ来てくれ。聞きたいことがある」
 
イズモはふたりのそばへ歩いてゆく。
ショウキと呼ばれる男は、厳しい表情でこちらを見ていた。
丸顔の坊主頭で、顔半分がヒゲで覆われたその男は、鋭い目をこちらへ向けながら、ライデンに無言で促す。ライデンがそれを受け、「皇都からの客人だ。俺が預かってる」と答えると、男はそこでようやく愁眉を開いた。
ニカっと笑った顔は、先ほどまでの怖い印象がぬぐわれ、人懐っこい。
イズモは、ほうっと緊張をといて、男にアイサツした。
 
「どうも、ライデンの世話になってます、イズモといいます」
「ショウキばい。ライデンの山の、もひとつ西んあたりに住んどぉ」
「それで、ボクに話って言うのは?」
「それなんだけどよ、おまえ、西の蛮夷のコト判るか?」
 
 
  
途中から話を引き継いだライデンの言葉によると。
 
ショウキの住むところから、さらに山を二つほど越えた西側に、国境がある。
正確には国境と言うより、支配区分と言うべきだろうか。
この世界には帝国以外に、「国家」と呼べるほどのものはほとんどない。
 
皇家がこの地に降臨したとき、かれらは最初に支配域を決めた。
そして、それより外側は蛮夷と定め、彼らの進んだ文明の恩恵に浴することをさせなかった。簡単に言えば、「持ち金が足りなかったから、言うことを聞く近くのヤツにだけ、ご馳走した」のである。
 
当然、外された周りの連中は、皇家のやり方に反発した。
しかし、科学力が桁違いなので、その反発も簡単に封じられる。
結局、蛮夷と呼ばれた人々は、外から豊かな帝国を眺めることになった。
 
そして長い年月がたち、両者の間に、埋められない溝ができる。
 
ひとつは経済的な格差。
そしてもうひとつが、皇家の仕組んだ「よりあからさまな格差」。
すなわち、皇都からの知識と技術による、帝国人の長命化である。
 
帝国人は、蛮夷より20%ほど長命になった。
 
「豊かな暮らし」「長生き」「蛮夷の脅威を払ってくれる」などの理由で、帝国人は皇家を支持し、神々の恩恵に浴した。そして国外の人間は、小さなコミュニティをつくり、帝国と敵対した。
 
もっとも、帝国側はそれを、敵対とさえ思っていなかった。
 
皇家に比べれば遅れてるとは言っても、外界に比べれば帝国の科学力、技術力、そして人口まで、すべてが圧倒的だ。帝国の周りに住む人々は、小さなコミューンを国と呼ぶが、敵対どころか勝負にもならない。
 
しかし皇家は、その力で蛮夷を殲滅することまではしなかった。
襲って来ればそれを払い、あとはただ、ひたすら無視を決め込む。
それによって帝国人は皇家を支持し、蛮夷は帝国を憎んだ。
 
帝国人は蛮夷を、蛮夷は帝国人を、利用しながらも嫌いあっていた。
 
 
 
ある程度の経緯を聞かされても、イズモにはぴんと来ない。
もっとも、それも無理はない。
数日前まで、何も知らず皇都ドームの中で暮らしていたのだ。
 
「ごめん、ボクはこの地域のことさえ、ついこのあいだ知ったばかりなんだ」
「そうか……そうだよな。いや、悪かった。ちと向こうで待っててくれ」
 
ナニがなんだか判らず、イズモはうなずいて焚き火の前へ。
待ち構えていた大将や八の字先生に、事の次第を話そうとする。
そこへ、ライデンが「あ、ヤベ」と言いながら、駆け寄ってくる。
 
これらは、ほぼ同時に起こった。
 
「イズモ君、ライデンの話は何だったの?」
「いやぁ、なんでも西の蛮夷がどうとか……」
「イズモっ! ダメだっ!」
 
イズモの言葉を聞いた瞬間。
 
大将の表情が、凍りつく。
イズモはおどろいて、言葉失う。
ライデンが額に手を当てて天を仰ぐ。
 
「ライデン……」
「や、違うんだよ、大将。ショウキが言うにはさ……」
「ライデンっ!」
 
驚くほど厳しい表情の大将は、大声ではないが低くうなるように叫んだ。
 
「西の蛮夷が、どうしたって?」
「あっちゃー、こりゃ完全に俺の失敗だ。ごめん、ショウキ」
「まったく、俺は知らんばい」
「ライデン! 同じコトを言わせないで」
 
ショウキが、大きくため息をつく。
八の字先生が、首をふるふると横へ振る。
イズモは、じっと成り行きを見守り。
大将は、ライデンを睨んでいた。
 
「あーも、わかったよ。西の蛮夷が攻め込んできたんだ。今、睨み合ってる」
「場所は?」
「ショウキの山より、ひとつ向こう。レップの山の西側」
「へぇ、もうそこまで入り込んでるんだ? ナメやがって……」
 
暗い、怖い表情のまま、大将が立ち上がった。
周りの空気がゆがみ、足元から立ち昇る妖気が見えそうなほどだ。
なぜかは判らないが、大将は猛烈に怒っていた。
 
そのまま歩き出すと、停めてあった動輪(オートモビル)に乗り込む。
次の瞬間には、きゅるきゅると電動(電気発動)の音に続いて。
ボウン! と液動が立ちあがった。
 
同時に、動輪の窓が開いて、大将が顔を出す。
 
「じゃ、ちょっと手伝ってくる」
 
それだけ言うと、大将の動輪は、後輪を空転させながら走り出した。
乱暴な発車に、千切れとんだ草や土ぼこりが舞う。
動輪は液動をうならせて、あっという間に山道へと消えた。
 
「あーあ、火がついちゃった。間が悪かったな、ショウキ」
「大将のおるとは思わんかったんばい」
「ここは先生の山だぞ? 大将なんかしょっちゅう居るじゃねぇか」
「昨日ん今日で、まさかおるとは思わんけん」
 
ライデンとショウキがもめていると、八の字先生が間に入る。
 
「まあまあ、今更モメてもしょうがないよ。それより、どうする?」
「つっても、このまま黙って行かせたら、あのオッサン、また、やらかすよな」
「やねぇ……こないだも酷かった。蛮夷が絡むと別人やけんねぇ」
 
腕を組んで途方にくれる三人へ、イズモが恐る恐る声を掛ける。
 
「あの……なんか俺、まずいこと言っちゃいました?」
「え? いや、イズモくんは悪くなか、悪かんはライデンばい」
「なんだよショウキ、話を持ってきたのはおまえだろ」
「だから、ふたりとも、もめないの!」
 
きょとんとするイズモに、八の字先生が肩をすくめる。
 
「大将はさ、蛮夷に家族を殺されてるんだ」
「な……それで……」
「うん。だから、蛮夷の話になると、冷静じゃいられないんだよ」
「そいは控えめな表現やね。狂ったごと暴れまわるんよ」
 
八の字先生とショウキの発言に、おどろいて目をむくイズモ。
本当か? と問うようにライデンの方を見る。
するとライデンは、眉間にしわを寄せながら首を振った。
 
「その表現もまだヌルいな。あの人ぁ蛮夷の話になると……」
 
ライデンは、彼にしては珍しく、実に困ったという表情で続けた。
 
「爆発しちまうんだ」
 
 
 
 
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