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創作サイト【神々】の日記

恋する神々III 〜甘酸っぱい残悔〜

恋する神々
恋する神々II
 
久しぶりの昔の恋愛話、それもわりと情けない類(たぐい)の話です。
中学生の頃、俺には好きな人がいました。仮に名前をともよちゃんとします。いや、この頃ちょうど、原田知世ファンだったので(笑)
んで、そのともよちゃん、原田さんとは正反対(イメージね)の活発で元気な女の子でした。でまぁ、活発で元気なのは俺も負けてませんから、わりと早い段階で、彼女とは仲良くなります。
もちろん、ケンカもしたし、みんなで遊びに行ったりもしました。ふたりでお互いのコンプレックスについて話したりもしました。ちなみにその頃の俺のコンプレックスは、歯並びが悪いことと唇の厚みが厚いこと。
いまはどっちも、チャームポイントになってますが(37にもなってチャームポイントとか言い出すのはやめましょう)
 
そんなこんなで、のちに思えば不本意ながら、彼女との関係はいわゆる『幼馴染』的なものになってしまいます。俺自身、かなり遅い段階になるまで、彼女に恋してることに気づきませんでした。
4〜6人でグループ交際つーか仲良し班みたいな感じで遊びに行ったりしても、俺と彼女はふざけあいの、ケンカしぃのしながら、周りを笑わせるムードメーカーの位置に居たのです。
そう、このころから、俺様はエンターテイナーだったわけです。
落ち着きがないとも言う。
 
さて、そんなある日、衝撃的なうわさが俺を打ちのめします。
「ともよって彼氏がいるらしいよ」
誰が言ったかなんて、覚えてません。
そのせりふを聞いた瞬間、俺の心には困惑、怒り、悲しみ、いろんな感情がいっぺんに噴き出しました。そう、この瞬間、俺は彼女に恋していたことを悟ったのです。
いつも一緒にいて、冗談交じりで『おまえら仲がいいなぁ。夫婦みたいだ』なんて言われ、必死に否定しつつも、内心、それほど悪い気はしてなかった。
言葉にすれば、俺と彼女の関係なんて、その程度のものです。
言わば、告白もしなくてよく、メンドウなことの一切ない、その安穏とした位置に、漫然とあぐらをかいていたのです。ですから、この衝撃の事実を知った瞬間、俺の心に浮かんだ感情をイチバン的確に表現するとすれば、
『愛情が薄れていたくせに、妻の不倫を知った夫の抱く嫉妬心』
でしょうか。ちっと違うかな。
とにかく、彼女を失うことへの焦燥感から(正確には得てもいないのですが)、俺はイッキに恋愛の一番つらい状態に陥ります。いや、ある意味イチバンの醍醐味か。
 
さて、ミスター片思いかみくん、このころから悶々と悩むのは得意じゃありませんでした。
前哨戦はすっ飛ばして、イキナリ決着をつけようと決意します。
震える指で、言い過ぎた、さすがに震えちゃいませんが、脂汗くらいはかいてる指で電話をダイヤルし、呼び出し音を聞きながら、心臓は爆発を通り越して止まる寸前。
ちなみに、俺の実家の電話は、いまだにこの時のままの黒いダイアル電話です。いらない豆知識。
 
「もしもし?」
 
お母さんじゃなくて、本人が出ます。緊張は最高潮。
 
「あ、ともよ? 俺。あのさ、いまからおまえの家に行っていい?」
「いいよー」
 
いつもと同じ反応なんですが、俺の脳内にはものすごエスカレートした妄想が渦巻いてますからね。「い・い・よ」のたった三文字から、どれだけつむぎ出せるんだってくらい、大成功あるいは悲観的な妄想が、つぎつぎと脳裏をよぎります。
中学生の妄想ですから、大成功ってのは、もちろんベッドインしてます。大失敗の方は単純に、『彼氏がいるから付き合えない』つー彼女のセリフ。それ以降は想像したくないですからね。
自転車をすっ飛ばして彼女の家につく頃には、緑に包まれた小さな家の暖炉の前で、子供を抱く彼女と談笑しながら、足元の大きな白い犬の頭をなでるところまで、話は進んでました。
つーか暖炉て。俺はどこに住むつもりだったんでしょうか。
 
家の前に立ち、呼び鈴を押します。すると、Tシャツにジーンズのボーイッシュな彼女が、にっこり笑顔で顔を出します。見慣れてるはずのその笑顔も、自分の恋心に気づいた今の俺には、天使の微笑み。
動悸は高まり、顔は紅潮、どうみても救心が必要な状態です。
彼女の部屋に通されますが、緊張は解けません。
 
「どしたの?」
「いや、あの……」
 
さぁ、言えっ! 告白だっ! 気合入れろ、俺!
 
「あ、あのさ……」
「あ、紅茶入れてくるね」
 
そそくさと席を立つ彼女。
『おまえはイギリス人かっ!』ってなもんですが、この時は正直、ほっとしました。先送りにしても意味はないのですが、まぁ、もうちっと時間をください。
なんたって幼稚園に通ってたガキのころ(ま、中学生だって充分ガキですが)の無邪気なストーキングを除けば、女の子に告白するなんて、初めての経験なんですから。
彼女の後ろ姿がドアの向こうに消えると、俺はため息をついて肩を落とします。それから、何気なく部屋の中を見回し、視線がある一点に及んだ瞬間。
俺は息を呑みました。
大きな写真たてに、何葉かの写真が飾ってあるんですが、その仲間と撮ったと思しき写真の一枚に、ものすげぇオトコマエと肩を組んで写ってる写真があるじゃないですか。
俺はずりずりと這いつくばったまま、写真たての前に移動します。見たいような見たくないような複雑な心境が、立ち上がってすたすたと歩かせなかったのです。
 
写真たての前に移動しますと、明らかに年上の綺麗なおねぇさんと写ってたり、ニコニコと笑う楽しそうな連中と写ったりしています。俺の知らない世界で微笑む彼女が、そこにいました。
それだけで、俺の心は深く傷つきます。
好きな人が自分の知らない世界で、自分といるとき以上に楽しそうな笑顔を浮かべていたら、たいていの若い男は傷つくものです。
そして、写真たての真ん中には、もっとも俺を傷つける写真が貼られていました。もう、どう考えても太刀打ちできなそうな、かっこよくてスマートな男。しかも、明らかに年上です。
余裕の表情で微笑んでいるその顔に、俺は闘志をむけることができませんでした。そんなものは、優しく彼女の肩を抱いた男の姿の前に、あっという間に敵前逃亡していきます。
残ったのは、絶望的な敗北感。
 
やがて背後でドアが開き、お盆に紅茶を載せた彼女が入ってきました。写真を見ている俺を見て、恥ずかしそうに、しかし、これ以上なくうれしそうに微笑みます。
その笑顔を見て、俺は完全に敗北を悟りました。
しかし、あきらめの悪さでは天下一品のかみくん当時15歳。むしろ圧倒的な負け戦(いくさ)に、前田慶次のごとき清々(すがすが)しさで挑みます。
 
「へぇ、やっぱ彼氏いたんだ」
「え?」
「この、真ん中のが彼氏?」
「えぇ?」
「つーか、こんな面白そうな知り合いがいたんだな。俺にも会わせてくれればいいのに」
 
開き直って、心にもないことを言ってみたり。
彼らがどれだけいいヤツラであっても、正直、この時の俺はゼッタイに会いたくなかったはずです。大切な彼女を奪った、憎き連中ですから。それでも、余裕を見せたがるのは、この年齢の男の子ならありがちな話です。
いや、一般化しても仕方ないですね。正直なところ、えぇカッコしいの俺には、そんな切ない見栄を張るしか、傷ついた自分を保つ方法がなかったのです。
 
すると。
 
「あっはっはっはっ!」
 
彼女は気が狂ってしまったかのように、大笑いします。そして、きょとんとする俺に向かって、健康的な美しい笑顔で話し出しました。
 
「それ、バンドだよ。今、私が追っかけてるバンドのメンバーなの。今はまだ売れてないけど、ゼッタイ売れると思うんだよね。真ん中の人と、その上の女の人がボーカル。この女の人がカッコいいんだー!」
 
安堵。そして脱力。
霊感のある人なら、そのとき、俺の口から魂がはみ出ていたのが見えたでしょう。そんな虚脱状態の俺に、告白なんてできるわけもなく、そのまま当たり障りのないバカ話をして、帰路につきました。
 
その後、結局、告白も出来ないまま。
男子高に入った俺は、二度と彼女に会うことはありませんでした。
俺が女の子に告白をするのは、このあと、さらにいくらかの年月を待つことになります。
 
ちなみに、彼女が追いかけていたバンドは、バービーボーイズでした。
つまりコンタが俺のライバルだったわけです。敵前逃亡したけど。
高校に入ったころから、彼らはに有名になりました。幾度となくその名を耳にするたびに、俺は甘酸っぱいような切ないような、変な気持ちになったものです。
ある女の子から、告白と一緒にもらったテープの中に、ブルーハーツゴーバンズと一緒にバービーボーイズが入っていたとき、申し訳ないけど、くれた女の子より、ともよちゃんを思い出したりしたものでした。
 
もう、あのころの彼女と同じくらいの娘がいてもおかしくない年齢になったわけですが、こうして思い出して書いてみても、なんだかくすぐったい気持ちです。ま、あんな純粋な恋は、もう、絶対できませんけどね。
 
呼吸するみたいに歯の浮くような口説き文句を垂れ流せる
今となっては(^^)b