笑ってる?

創作サイト【神々】の日記

疑惑

疑惑の種は、初めてPCにふれた時からあった。
『こんぴゅうたぁ』などカイモクわからない俺にとって、『ぷりんたぁ』を接続するためにどうすればいいかと気軽に尋ねたとき、サポートが言い放った台詞は、焦りや驚きよりも、むしろ怒りを誘う代物だった。
「……それでは、シリアルとUSBのどちらですか?」
「シリ……ゆうえす? や、わかりません」
「それがわからないと、そのあとのサポートが出来ません」
「どこ見ればいいんですか?」
「いえ、お客様がどちらでつないだかと言うことでして」
「買ってきたプリンタに付いてた線です」
「それはどちらです?」
不毛なやり取りのあと、ようやくそのプリンタがシリアル接続されていることがわかったが、そのときにはこのサポートの人間に怒りと『使えなさ』を感じていた俺は、電話を叩き切り、プリンタの説明書をもう一度イチから読み直して、何とかカンとか接続を終えた。
 
疑惑の芽は、次のプリンターのときに顔を出した。
安物のプリンターが天に召され、新しいのを買ってきてつなぐとき、俺は初めてUSB接続と言うものを知る。そして、知ると同時に、奇妙な違和感を覚えた。
「シリアルの線はいくつもピンがあったのに、この線はクチが一個あるだけだ」
技術の進歩なんだろうと一回納得しかけた瞬間、前回のプリンタ接続のときの話を思い出す。
「あのときから、USB接続ってあったぞ?」
しかしまだ、そこからググるガッツがなかった(思いつかなかった)俺は、とにかく書類提出にプリンタが間に合ったことに胸をなでおろしただけで、問題を追及せずに済ませてしまった。
 
疑惑は、形を持って現れだした。
何本もピンのあるコードに対し、『電気のコード』みたいなUSBが、なんで同じことをやれるのか?
この疑問からわかるように、俺はまだこのとき、USBを見放してはいなかった。あの四角いクチの中と外に端子があり、USB自体は二軸のケーブルだと思っったまま、日々を寿(ことほ)いでいたのだ。
ところがそんなある日、俺の根底を覆す事件が起こる。
SDカードのなかに、リーダーがなくてもUSBのクチに差し込めば使えるものが出たときいて、どうしても構造の想像できなかった俺は、現物をネットで調べてみた。
そして、その製品の写真を見たとき。
あのときの、圧倒的な絶望感は、何にたとえればいいのだろう。
SDカードの殻をむいて、USBの口の上だか下だかに差し込むだけ。つまり、USBのヤロウは二軸でさえない、ただの針金ヤロウだったのだっ!
 
だいたい、おかしいと思ったんだよ。
現時点(最初のプリンタ接続当時)で、USBとシリアルの二つの接続がどっちでも良くて、なのに、ピンの数は圧倒的に違うんだぞ? ってコトはシリアルのピンの存在理由は何だ? あとで駆逐されたところから見るに、シリアル接続のピンってのは、本当はあんなに要らなかったんじゃないか?
そして、そこから類推していけば、俺ほど天才じゃなくとも、ひとつの疑惑を持つに違いない。そう、あの、いかにも精密機械ですヅラして熱だ振動だイチイチうるさい、HDD(ハードディスクドライブ)だ。
あいつも、接続に山ほどピンのある線を使うだろう?
 
俺は今、あいつを信じることが出来ない。
そりゃぁそうだろう?
「いや、HDDってのはキモなんスよ。他と比べてもらっちゃ困ります」
とでも言うならまだしも、あのヤロウ、いけしゃあしゃあとUSB接続されるじゃないか。変換何たらいう部分だって、どう見ても2000円のMP3プレイヤーのが複雑だ。
やつは驕(おご)るあまり、自ら尻尾を出したのだ。
 
無論、断罪すべきはUSBやHDDだけにとどまらない。
LANなんてのも、どうやらヤツラの影に隠れて、コソコソと甘い汁を吸ってる節がある。電話線からLANコードになった瞬間、急に端子の数が増える。いわば、使途不明金だ。
そしてあいつも、『あ、なんならコンセントから接続しましょうか?』などとボロをだしている。どいつもこいつも、オノレの有利にふんぞり返って、自ら弱点をさらけ出したのだ。
 
そして俺の灰色の脳細胞は、ついに結論に達した。
ピンの数は、そのままヒエラルキーに繋がるのだ。
だからHDDとかCPUとかは、熱だ振動だとまるで貴族のごとく傲慢に振舞い、その下請け的な接続コードたちも、自らを貴族だと思い上がって膨大なピンの数を誇る。
その下にいるLANケーブルは、『コンセントでいいッス』などとおべっかを使いながらも、電話線に対してはかなりのマージンを差し引いている。そう、ピンとはピンはねのピンなのだ。
最下層にいるUSBは、ただの針金の身でありながら、彼ら搾取する側の仕事を一身に引き受けて、数をこなすことで成長してきた。
やつの問題は、その速度だ。
その速度がアホほど上がったとき、ヤツの下克上は成る。
と、少なくともヤツは夢見て、大量の仕事に耐えているのだ。
 
技術的ブレイクスルーがあるたびに、PCはその性能を上げる。
俺は今までそう信じてきた。しかし、それは間違いだったのだ。実はほとんどすべてを、実質ハリガネ一本であるUSBで代行することは可能だし、その技術はすでに出来上がっている。
だが、ピンを植える仕事で生計を立てるピン職人の組合が、それを発表させないのだ。膨大なピンを植えるピン職人の数は、もちろん膨大な数にのぼる。
俺がざっと脳内で暗算してみたところに拠れば、その数は5000万人を超えるだろう。当然、その組合は圧倒的な力を持ち、業界を支配する。
われわれはガソリン代が上がっても、愚痴をこぼすくらいしか対応策を持たないように、ピン職人連合に対しても、無力だ。なんと言っても、敵は国民総生産の30%は占めるだろう、怪物なのだから。
俺が脳内で検証し、その存在が可能だと確信する、針金一本で構成された、一筆書きのようなPCが生まれるまでには、まだ、幾時代も越えてゆかねばならないようだ。