笑ってる?

創作サイト【神々】の日記

モータードライブ(2)

 
出会いを期待してなかったかと言えば、ウソになるだろう。
 
強い意思を持っていたわけではないが、漠然とした期待はあった。
あの日、なんとなく出かけた夜のドライブは、いつのまにか習慣になる。
彼氏と会う必要がなくなった週末は、いつも夜半まで高速を流した。
 
帝国自動車道、皇都環状線(こうとかんじょうせん)。
 
通称「帝都高速」は今夜も、日付の変るころから違う表情を見せる。
渋滞が終わって流れ出したなかに、ポツポツとそれらしいモビルがいた。
アカネはクスっと笑い、そのままパーキングに入ってゆく。
 
パーキングにはたくさんのモビルやモータサイクルが停まっていた。
ほとんどは普通の人々なのだが、中に数台、それらしき連中がいる。
何週間も通ううち、アカネはすっかり見分けがつくようになった。
 
夜棲(やすみ)。
 
連中がそう呼ばれていることは、ネットで検索した際に知った。
それが団体名ではなく、例えば「登山家」のような総称だということも。
深夜の帝都高速を、とんでもない速度で走り回る、危険な連中だ。
 
「まあ、『夜に棲(す)むもの』ってのは、確かに言い得てるかも」
 
独り言ちながらドアを開け、連中の方へ歩いてゆくと。
何度も通っているうちに見知った顔が、ちらほらと見える。
その中のひとりが、アカネに気づいて手を振った。
 
「アカネちゃーん! 来たんだー!」
「ヒカリちゃん! 今日は早いんだね」
「残業なかったのー! 会えてよかったー!」
「ふふふ、ありがとう。ヒカリちゃんがいるとホッとするよ」
 
きゃあきゃあと嬌声を上げるのは、数週間前に知り合った女の子。
「夜棲の連中にも女の子がいるんだ」と驚いて、アカネから声を掛けた。
明らかに走る人間でないアカネは、最初、もちろん警戒される。
 
しかし、そこは女の子同士、仲良くなるまでに時間は要らなかった。
 
ヒカリはひとつ年下の21歳。
昼間は皇都の有名なデパートで働いている。
これで客商売が勤まるのかと心配になるほど、感情の起伏が激しい。
 
「なんだよ、アカネちゃん。俺らといるんじゃ、落ち着かないのかい?」
「そういうわけじゃないけど、やっぱ女同士の方が、ね?」
「そーそー! 男はみんな下心だらけだって、父さんが言ってたもん」
 
声を掛けてきた夜棲の男に、ふたりは笑いながら応える。
それからしばらく、ヒカリとのおしゃべりに興じた。
夜のパーキングに、ちょっと場違いな嬌声が、キャッキャと響く。
 
 
「聞きたかったんだけど、遅くなってから走るのは道が空くからでしょ?」
「そうだよ。この時間じゃまだ、普通のモビルが多いから」
「じゃあ遅くなってからでいいのに、なんでこんな早い時間から上がるの?」
「そんなの、時間を貯めるからに決まってるじゃん」
 
当然といった顔で答えるヒカリに、アカネはきょとんとしてしまう。
 
「時間を貯める? それ、どういう意味……」
「あははは! ヒカリ、それじゃ説明になってないよ」
 
横で聞くともなく話を聞いていた若い男が、笑いながら説明してくれる。
 
「A.A.Iってあるでしょ? オートモビル・アーティフィカル・インテリジェンス」
「モビルのコンピューターでしょ? 起動すると話しかけてくるやつ」
「そう。あれと同じで、モータサイクルにもA.Iが積んであるんだ」
 
彼の説明によると、こういうことだ。
 
モータサイクル・アーティフィカル・インテリジェンス。
略してM.A.Iと言う、車体コントロール用の電子脳。
皇都のモータサイクルにはすべて、このM.A.Iが搭載されている。
 
というより、載まなければ公道の走行を許可されない。
 
M.A.Iは、モータサイクルを機械的にコントロールするだけではない。
モータサイクルに関わるすべてを、幅ひろく管理する人工知能なのである。
 
例えば、皇都タワー(広域電波塔)による、ドライブナビゲーション。
あるいは、高速道路の料金支払い、整備や給油の記録。
 
そして、走行ログの記録。
 
つまり、走った速度や場所が、すべてデータとして残されるのである。
ログは基本的に個人情報だから、普段はM.A.Iにただ記録される。
しかし、事故や違反の際にだけは、司法機関に限って閲覧できる。
 
「このログがやっかいでさ。俺らなんか、バレたらすぐ逮捕されちゃうよ」
 
男は笑いながら、肩をすくめてみせる。
 
もちろん、違法な走りをする者達は、その対策を講じる。
M.A.Iに、偽の情報を送るアプリケーションをインストールするのだ。
非合法な手段だが、それをしなければ、違反が記録されてしまう。
 
その上M.A.Iは、モータサイクルにリミッター(出力制限)をかける。
出荷状態のモータサイクルは、リミッターでガチガチに縛られたまま。
言わば、牙の抜けた獣だ。
 
「リミッター? そんなモノがあるんだ」
「アカネちゃんのモビルにだってあるよ。速度警告が出るでしょ」
「ああ、あれかぁ。私は飛ばさないから、めったに見ないけど」
「警告表示のまま走ると、ゆっくり減速して、指定速度になるんだよ」
「勝手に速度が落ちるんだ。危なくないの?」
 
アカネが問うと、男はにっこり笑って答える。
どうやらアカネに対して、少し多めの好意を持っているようだ。
 
「A.Iが状況に合わせて調節するから、手動より安全だよ」
「なんだ、それなら便利でいいじゃない」
「あはは、飛ばさないなら、そうだろうけどね」
「アタシあれ嫌いー!」
 
割り込んできたヒカリに笑って応えながら、アカネは続きを促す。
 
「A.Iは電波塔と通信して、自分の位置を確認するだろ?」
「ナビのこと? アレは便利だよね。私、方向オンチだから」
「そのナビと連動してるから、レース場だとリミッターが解除されるんだ」
 
だが、その設定で公道を走ることは出来ない。
公道をフルパワーで走るには、非合法アプリを使うしかないのだ。
そして夜棲の連中は、みな、そのアプリを入れてるのである。
 
「ふ〜ん、それは分かったけど、『時間を貯める』ってのは?」
「M.A.Iは違法アプリで騙せるけど、騙せないモノがあるんだよ」
「なに?」
「皇団がわの記録さ」
 
高速に乗った「時刻」だけは、ごまかすことが出来ない。
道路皇団(皇都道路交通情報センター)の方に記録されてしまうからだ。
そこで時刻のつじつまを合わせる必要がでてくる。
 
つじつま合わせの方法は、単純で簡単だ。
パーキングで時間をつぶすだけ。
それを彼らは、「時間を貯める」と呼ぶのだった。
 
「時間を貯めて、なにをどうやってごまかすの?」
「たとえば、午前1時に高速へ乗って、2時に事故したとするよね」
「うん」
「その事故現場が、乗ったところから200キロあったら?」
「あ、そうか。単純計算で、時速200キロ出してたってバレちゃうね」
 
そこで一時間ほど時間を「貯めて」おけば、時速は100キロとなる。
 
貯めた時間さえあれば、あとは違法アプリが計算をしてくれる。
時間を逆算され、違法走行を証明されてしまわないよう、
走行ログのつじつまを合わせてくれるわけだ。
 
「イロイロ苦労するんだねぇ」
「ま、事故らないのがイチバンだけどね」
 
男はそう言って笑う。
 
 
 
「ねえ、アカネちゃんは走らないの?」
「あはは、無理ムリ! 怖いし、目がついていかないよ」
 
ヒカリの問いに、アカネは笑っていたが、ふいに真面目な顔をした。
 
「実は、人を探してるんだ。いや、探してるってほどでもないんだけど」
「えぇ? 探してるの? 探してないの? どっちなの?」
「すごく会いたいって言うんじゃなくて、なんとなく話してみたいんだよね」
「へぇ、好きってわけじゃないんだ? どんなひと?」
 
すると、そばにいた男たちも、興味を惹かれて集まってきた。
 
「いや、そんな集まられても困るんだけど……たぶん、知ってると思うんだ」
「ってことは、夜棲ってこと?」
「うん。すごく大きくて、ボウズ頭のヒトなんだけど……確か、名前が……」
 
二度目に会った時、横にいた若者が呼んだ名前を思い出す。
 
「ガンテツ、だったかな?」
 
とたん。
 
男たちが驚きに目をむいた。
 
「ちょ、アカネちゃん! ガンテツさん知ってるの!?」
「ちょっと話しただけだよ。知ってるってほどじゃない」
「マジかよ、すげぇな! 超有名人だぜ?」
「そーなのー? ヒカリ知らないよ?」
 
思いのほかの反応に、アカネは思わずたじろぐ。
 
「でも、それじゃあ会えなくても仕方ないよ。時間が違う」
「時間? どういうこと?」
「あのヒトは本気組だから、もっと遅い時間にらないと走らないんだ」
「ほんきぐみ? 夜棲でも違いがあるの?」
「大違いだよ。俺らは集まって駄弁ったり、それなりに気持ちよく走るだけ」
「でも、あのヒトらぁはマジもマジ、大マジでヤリあうんだ」
「スピードの桁が違うよ。皇湾線との分岐で、大台に乗せてくるからなぁ」
 
彼ら同士で話し始めてしまったため、内容は半分もわからない。
だが、あのガンテツという男がタダモノでないことは、アカネにも理解できた。
ますます興味がわいてきて、アカネは近くの男に訊ねる。
 
「それじゃ、遅くまで待ってれば会えるかな?」
「今日は無理だろうね。会えるとしたら、平日の夜だよ」
「こないだマコトのヤツが、水曜の夜に見たって言ってたかなぁ」
 
週末の帝都高速は深夜でも、ナンパ組や週末組で、そこそこ混む。
「本気組」はそれを嫌って、平日の深夜に走ってるというコトらしい。
最初は、会えるかなぁくらいだった気持ちが、いつの間にか高揚してくる。
 
しかしそれは、決して恋心なんて可愛らしいものではない。
どちらかと言えば、「珍しい動物を捕まえてやろう」というのに近いか。
 
あの男が、そんな有名人だとは思わなかった。
自分が会いに行ったら、どんな顔して驚くだろう?
そんな風に考えて、楽しくなってしまったアカネは、思わず。
 
「仕方ない、来週は毎日、上がってみよう」
 
とつぶやいた。それを聞いて、ヒカリが目を丸くする。
 
「えぇ! 超ホンキじゃん! ホントは好きな人なんじゃないの?」
「いやいや、違うってば。あんなでっかくておっかないヒト」
「あはは、それは確かに……でも、ガンテツさんカッコいいよなぁ」
「俺も一回だけ会ったことあるよ。すげぇ雰囲気あるよな」
 
夜のパーキングは、若者達の喧騒でにぎわっていた。
 
 
 
第三話へ続く