出会いを期待してなかったかと言えば、ウソになるだろう。
強い意思を持っていたわけではないが、漠然とした期待はあった。
あの日、なんとなく出かけた夜のドライブは、いつのまにか習慣になる。
彼氏と会う必要がなくなった週末は、いつも夜半まで高速を流した。
帝国自動車道、皇都環状線(こうとかんじょうせん)。
通称「帝都高速」は今夜も、日付の変るころから違う表情を見せる。
渋滞が終わって流れ出したなかに、ポツポツとそれらしいモビルがいた。
アカネはクスっと笑い、そのままパーキングに入ってゆく。
パーキングにはたくさんのモビルやモータサイクルが停まっていた。
ほとんどは普通の人々なのだが、中に数台、それらしき連中がいる。
何週間も通ううち、アカネはすっかり見分けがつくようになった。
夜棲(やすみ)。
連中がそう呼ばれていることは、ネットで検索した際に知った。
それが団体名ではなく、例えば「登山家」のような総称だということも。
深夜の帝都高速を、とんでもない速度で走り回る、危険な連中だ。
「まあ、『夜に棲(す)むもの』ってのは、確かに言い得てるかも」
独り言ちながらドアを開け、連中の方へ歩いてゆくと。
何度も通っているうちに見知った顔が、ちらほらと見える。
その中のひとりが、アカネに気づいて手を振った。
「アカネちゃーん! 来たんだー!」
「ヒカリちゃん! 今日は早いんだね」
「残業なかったのー! 会えてよかったー!」
「ふふふ、ありがとう。ヒカリちゃんがいるとホッとするよ」
きゃあきゃあと嬌声を上げるのは、数週間前に知り合った女の子。
「夜棲の連中にも女の子がいるんだ」と驚いて、アカネから声を掛けた。
明らかに走る人間でないアカネは、最初、もちろん警戒される。
しかし、そこは女の子同士、仲良くなるまでに時間は要らなかった。
ヒカリはひとつ年下の21歳。
昼間は皇都の有名なデパートで働いている。
これで客商売が勤まるのかと心配になるほど、感情の起伏が激しい。
「なんだよ、アカネちゃん。俺らといるんじゃ、落ち着かないのかい?」
「そういうわけじゃないけど、やっぱ女同士の方が、ね?」
「そーそー! 男はみんな下心だらけだって、父さんが言ってたもん」
声を掛けてきた夜棲の男に、ふたりは笑いながら応える。
それからしばらく、ヒカリとのおしゃべりに興じた。
夜のパーキングに、ちょっと場違いな嬌声が、キャッキャと響く。
「聞きたかったんだけど、遅くなってから走るのは道が空くからでしょ?」
「そうだよ。この時間じゃまだ、普通のモビルが多いから」
「じゃあ遅くなってからでいいのに、なんでこんな早い時間から上がるの?」
「そんなの、時間を貯めるからに決まってるじゃん」
当然といった顔で答えるヒカリに、アカネはきょとんとしてしまう。
「時間を貯める? それ、どういう意味……」
「あははは! ヒカリ、それじゃ説明になってないよ」
横で聞くともなく話を聞いていた若い男が、笑いながら説明してくれる。
「A.A.Iってあるでしょ? オートモビル・アーティフィカル・インテリジェンス」
「モビルのコンピューターでしょ? 起動すると話しかけてくるやつ」
「そう。あれと同じで、モータサイクルにもA.Iが積んであるんだ」
彼の説明によると、こういうことだ。
モータサイクル・アーティフィカル・インテリジェンス。
略してM.A.Iと言う、車体コントロール用の電子脳。
皇都のモータサイクルにはすべて、このM.A.Iが搭載されている。
というより、載まなければ公道の走行を許可されない。
M.A.Iは、モータサイクルを機械的にコントロールするだけではない。
モータサイクルに関わるすべてを、幅ひろく管理する人工知能なのである。
例えば、皇都タワー(広域電波塔)による、ドライブナビゲーション。
あるいは、高速道路の料金支払い、整備や給油の記録。
そして、走行ログの記録。
つまり、走った速度や場所が、すべてデータとして残されるのである。
ログは基本的に個人情報だから、普段はM.A.Iにただ記録される。
しかし、事故や違反の際にだけは、司法機関に限って閲覧できる。
「このログがやっかいでさ。俺らなんか、バレたらすぐ逮捕されちゃうよ」
男は笑いながら、肩をすくめてみせる。
もちろん、違法な走りをする者達は、その対策を講じる。
M.A.Iに、偽の情報を送るアプリケーションをインストールするのだ。
非合法な手段だが、それをしなければ、違反が記録されてしまう。
その上M.A.Iは、モータサイクルにリミッター(出力制限)をかける。
出荷状態のモータサイクルは、リミッターでガチガチに縛られたまま。
言わば、牙の抜けた獣だ。
「リミッター? そんなモノがあるんだ」
「アカネちゃんのモビルにだってあるよ。速度警告が出るでしょ」
「ああ、あれかぁ。私は飛ばさないから、めったに見ないけど」
「警告表示のまま走ると、ゆっくり減速して、指定速度になるんだよ」
「勝手に速度が落ちるんだ。危なくないの?」
アカネが問うと、男はにっこり笑って答える。
どうやらアカネに対して、少し多めの好意を持っているようだ。
「A.Iが状況に合わせて調節するから、手動より安全だよ」
「なんだ、それなら便利でいいじゃない」
「あはは、飛ばさないなら、そうだろうけどね」
「アタシあれ嫌いー!」
割り込んできたヒカリに笑って応えながら、アカネは続きを促す。
「A.Iは電波塔と通信して、自分の位置を確認するだろ?」
「ナビのこと? アレは便利だよね。私、方向オンチだから」
「そのナビと連動してるから、レース場だとリミッターが解除されるんだ」
だが、その設定で公道を走ることは出来ない。
公道をフルパワーで走るには、非合法アプリを使うしかないのだ。
そして夜棲の連中は、みな、そのアプリを入れてるのである。
「ふ〜ん、それは分かったけど、『時間を貯める』ってのは?」
「M.A.Iは違法アプリで騙せるけど、騙せないモノがあるんだよ」
「なに?」
「皇団がわの記録さ」
高速に乗った「時刻」だけは、ごまかすことが出来ない。
道路皇団(皇都道路交通情報センター)の方に記録されてしまうからだ。
そこで時刻のつじつまを合わせる必要がでてくる。
つじつま合わせの方法は、単純で簡単だ。
パーキングで時間をつぶすだけ。
それを彼らは、「時間を貯める」と呼ぶのだった。
「時間を貯めて、なにをどうやってごまかすの?」
「たとえば、午前1時に高速へ乗って、2時に事故したとするよね」
「うん」
「その事故現場が、乗ったところから200キロあったら?」
「あ、そうか。単純計算で、時速200キロ出してたってバレちゃうね」
そこで一時間ほど時間を「貯めて」おけば、時速は100キロとなる。
貯めた時間さえあれば、あとは違法アプリが計算をしてくれる。
時間を逆算され、違法走行を証明されてしまわないよう、
走行ログのつじつまを合わせてくれるわけだ。
「イロイロ苦労するんだねぇ」
「ま、事故らないのがイチバンだけどね」
男はそう言って笑う。
「ねえ、アカネちゃんは走らないの?」
「あはは、無理ムリ! 怖いし、目がついていかないよ」
ヒカリの問いに、アカネは笑っていたが、ふいに真面目な顔をした。
「実は、人を探してるんだ。いや、探してるってほどでもないんだけど」
「えぇ? 探してるの? 探してないの? どっちなの?」
「すごく会いたいって言うんじゃなくて、なんとなく話してみたいんだよね」
「へぇ、好きってわけじゃないんだ? どんなひと?」
すると、そばにいた男たちも、興味を惹かれて集まってきた。
「いや、そんな集まられても困るんだけど……たぶん、知ってると思うんだ」
「ってことは、夜棲ってこと?」
「うん。すごく大きくて、ボウズ頭のヒトなんだけど……確か、名前が……」
二度目に会った時、横にいた若者が呼んだ名前を思い出す。
「ガンテツ、だったかな?」
とたん。
男たちが驚きに目をむいた。
「ちょ、アカネちゃん! ガンテツさん知ってるの!?」
「ちょっと話しただけだよ。知ってるってほどじゃない」
「マジかよ、すげぇな! 超有名人だぜ?」
「そーなのー? ヒカリ知らないよ?」
思いのほかの反応に、アカネは思わずたじろぐ。
「でも、それじゃあ会えなくても仕方ないよ。時間が違う」
「時間? どういうこと?」
「あのヒトは本気組だから、もっと遅い時間にらないと走らないんだ」
「ほんきぐみ? 夜棲でも違いがあるの?」
「大違いだよ。俺らは集まって駄弁ったり、それなりに気持ちよく走るだけ」
「でも、あのヒトらぁはマジもマジ、大マジでヤリあうんだ」
「スピードの桁が違うよ。皇湾線との分岐で、大台に乗せてくるからなぁ」
彼ら同士で話し始めてしまったため、内容は半分もわからない。
だが、あのガンテツという男がタダモノでないことは、アカネにも理解できた。
ますます興味がわいてきて、アカネは近くの男に訊ねる。
「それじゃ、遅くまで待ってれば会えるかな?」
「今日は無理だろうね。会えるとしたら、平日の夜だよ」
「こないだマコトのヤツが、水曜の夜に見たって言ってたかなぁ」
週末の帝都高速は深夜でも、ナンパ組や週末組で、そこそこ混む。
「本気組」はそれを嫌って、平日の深夜に走ってるというコトらしい。
最初は、会えるかなぁくらいだった気持ちが、いつの間にか高揚してくる。
しかしそれは、決して恋心なんて可愛らしいものではない。
どちらかと言えば、「珍しい動物を捕まえてやろう」というのに近いか。
あの男が、そんな有名人だとは思わなかった。
自分が会いに行ったら、どんな顔して驚くだろう?
そんな風に考えて、楽しくなってしまったアカネは、思わず。
「仕方ない、来週は毎日、上がってみよう」
とつぶやいた。それを聞いて、ヒカリが目を丸くする。
「えぇ! 超ホンキじゃん! ホントは好きな人なんじゃないの?」
「いやいや、違うってば。あんなでっかくておっかないヒト」
「あはは、それは確かに……でも、ガンテツさんカッコいいよなぁ」
「俺も一回だけ会ったことあるよ。すげぇ雰囲気あるよな」
夜のパーキングは、若者達の喧騒でにぎわっていた。
第三話へ続く