俺のオヤジってのは、仕事から帰ってくるのが遅かった。
正確に言うと、一度帰って飯を食った後、もう一回仕事場に戻って、夜中まで仕事をしてた。親父の仕事ってのは、ハンドバッグの製造卸だったんだけど、仕事と酒が娯楽ってな典型的な「団塊の世代」だけに、ガキの頃は「ウチが貧乏だからオヤジは夜中までがんばってるのだ」と思ってた。
少し大きくなって、貧乏なのももちろんだけど、それ以上に
「オヤジは仕事が好きなんだ」
ってコトに気づいた。
パートさんや従業員が帰りやすいように、残業しないで帰る。
メシ喰った後、もう一回仕事場に行って 、一人で仕事をする。
今になって思うと、カッコいいよなぁ。
夜の仕事ってのは、もっぱら見本作り。
一枚の牛皮を目の前にして、自分で書いたデザイン画を元に 、思うままハンドバッグを作る。とにかく職人気質の人だから、ココを削って儲けようとか言う発想がないんだよね。いい皮を使い、しっかりした裏地を選び、丁寧に縫製して、丈夫な金具を使う。気負いも衒いもない、バカがつくほど実直な仕事ぶりだった。
俺が大人になって病院に勤めてた頃、親父に言ったことがある。
「もうちょっと、儲けを考えたら?」
そのときは、お袋と弟のコトを考えて言ったんだけど……
オヤジは角ビンを飲みながら俺をちらりと見て、照れたように答えた。
「適当な物を作ってもし売れたら眠れねえよ」
適当な物を作って、それを買っていかれたら……
壊れてないか? 使い勝手は悪くないか?
気になって眠れないと言うことだ。
自分で開業してから、夜遅くまで仕事してると。
たまにあの時のオヤジの顔を思い出す。
今ならわかるよ、父さん……